「あなたご自身を、僕と一緒にしないで下さい! あなたは……あなたは行くべきだったんじゃないんですか……!」 「ただでさえ疲れてるんだろう。そんなに熱くなるなよ」 それでも落ち着きを持った相嶋の声に、堪え切れない感情が声ににじむ。 「あなたが送って差し上げないと、ほかにっ……ほかに誰が送るんですか……!」 目を見てしまえば呑まれてしまいそうで、顔だけは見上げられなかった。 ただ、俯いたまま血を吐くように叫んだ。 「最後だったのにっ、もう、会えないんですよ!……あなたは、――悲しくないんですか……っ!」 ――その瞬間、島崎の低く鋭い声が、その先を遮った。 「やめろ!」 「……あ、……」 刹那、頭の中に氷水を流し込まれたように、火照っていたものが冷やされた。 自分が口走った言葉が、耳の奥に響いて消えた。 (しまっ……――) 咄嗟に顔を上げる。瞬間、一瞬だけ見えた表情に、すっと血の気が引いた。 「……あ……の……っ」 「先輩、いいんです。責められるべきは俺の方だ。……すまないな。ヤツを好いてる人の前で、軽く言うことじゃなかった」 相嶋が宥めるように、後藤の腕に手をかけた。引き剥がされるかとも思ったが、優しく数度撫でられて、身体がゆっくりと弛緩した。 悲しくないわけがない。 責め立て、顔を上げた瞬間に、――彼が無感情な顔をするのを、後藤は初めて目にしたのだ。 なんの感情もない顔は、目を曇らせるよりも、よほど大きなものを含んでいた。 「……も、申し訳ありませんでした……」 触れられた温もりに、肩が震える。合わせる顔を見付けられず、深く俯いたまま、後藤が震える声で謝罪した。 相嶋がくすりと小さく笑うのを感じ、今度は何故か安堵が湧きあがり、咽喉の奥が引き攣った。 「……こんなに慕われて、あいつは幸せ者だな」 軽く引き寄せられ、背中をぽんぽんと軽く叩かれた。 それは亡き人の動作とよく似た暖かさを持ち、凍て付かせた感情を融かすには十分すぎた。 「……すごく、好きでした……っ」 穏やかで落ち着きがあり、大きく暖かかった。誰より己に厳しい本質と、何もかもを背負い込んで笑う気質は、後藤も知っていた。 そして同時に、目の前の彼等が一緒に居るときの空気も知っていたし、とても好きだったのだ。 ……――優しく肩を撫でられながら、その空気が、たまらなく恋しい。 「思い出話なら、いくらでも付き合ってやるよ。泣きたければ胸でも何でも貸してやる。……ちょっと、癪だけどな」 苦笑交じりの言葉とともに頭を撫でられた瞬間、冷たいものが、ぽたりと頬を伝って床へと落ちた。 「ありがとう、ござ、い……っ」 声にならない感情を宥めるように、大きな掌が何度も、柔らかく肩を撫でていた。 「泣いとけ泣いとけ。泣いた方が、楽になるから」 (……でも……) ――自分はこの人の泣く場所にはなれない。おそらく他の誰も、彼が泣く場所にはなれないだろう。 (……――貴方のほかに、誰が) たった一つ受け止めてもらえる場所を、目の前の彼は、失ったのだろうか。 |