缶詰にされて数日が過ぎていた。 気分転換を図ろうと、ふらりと部屋を出、行くあてもなく廊下を歩いていた最中だった。見覚えのある後ろ姿が、廊下の先に垣間見え、後藤は数度瞬きをした。 「あれ……こっちに、いらっしゃっていたんですか」 声をかけると、二人が同時に振り向いた。見覚えのある顔が、見覚えのある真面目な表情を浮かべている。 真面目な話も、ふざけた事柄も、この二人は同じ表情で話す。かつては同じ職場にいた組み合わせに、懐かしさと同時に戸惑いを覚え、後藤は思わず視線を泳がせた。それに気付いているのかいないのか、軽く目を見開いた二人の声は、以前と同じように軽かった。 「後藤か」 「おお、久しぶりだな」 二人が後藤に向き直った瞬間、微かに線香と菊の香りが漂った。 「……葬儀の帰りですか」 そう尋ねたのは、心当たりが一つだけあったからだ。 数日前に同国の艦が攻撃を受け、多数の人命が犠牲となった。大規模な合同葬儀が行われることは、昨日のうちに聞いている。 ――送られたうちの一人は、後藤の敬愛する相手でもあり、彼等の旧知でもあった。 「人も多い手順も多いで、ぐったりだ。……貴様は、仕事か」 「はい。……僕も行って、お送りしたかったです」 つぶやくように答えて、後藤は深く俯いた。 送らなくてはならない。思い切らなくてはならない。しかし呑み込むには、その事実はあまりに重い。考えないようにしていたとは、情けなくて口には出せなかった。 「その気持ちで十分だろう。わざわざ送って欲しいなんて、思うような奴じゃない」 島崎の言葉に、声もなく頷く。 笑顔と声を思い出しそうになり、様々な感情が押し出されそうになるのを、咄嗟に打ち消した。 後藤が黙り込んだのを不自然に感じるほどの間を与えず、島崎がふと思い出したように、隣に立つ相嶋を振り返った。 「……そういえば、貴様も見なかったな。来ていたのか?」 「いえ、俺は」 「え……?」 軽い返事の一瞬、後藤は耳を疑った。 咄嗟に顔をあげると、相嶋と目があった。どうしたと言うように相嶋が笑むのを、後藤は信じられない気持でじっと見つめ返した。 「……葬儀に……行かなかったん、ですか……?」 思い出のなかの笑顔が、再び脳裏をよぎる。 故人と彼との二人で話している姿を見かけたのは、一度や二度ではなかった。学生時代からの知り合いだとも、聞いたことがあった。ひと時は同じ屋根の下、二人でやもめ暮らしをしていたはずだ。 ――そんな相手を亡くしたことを、なんとも思っていないかのように、相嶋は目の前で肩をすくめ、軽い苦笑を浮かべていた。 「まあな。やらなきゃならないことは、探せばいくらでもある」 「そんな……そんな、だってあんなに親しかった、のに……」 なにがつかえているのかは分からなかった。ただ無性に納得できなかっただけだ。それは至極自分勝手な、言ってみれば単なる感情論だということは、重々理解している。 (なんで、僕は……、……なんで、この人は……っ!) 混乱したまま相嶋を見上げた。 すると彼は、何ごともない顔で、当然のように言葉を返してきた。 「親しかったのはお前だって同じだろう? 俺が行かなきゃならない義理はない」 それを聞いた瞬間、頭の中で何かがぐるりと大きく廻った。 気付いたときには、叫ぶような声が、喉の奥からほとばしっていた。 |