ショーウィンドウの向こうを、見たことのある人影が歩いて行った。異国の女性を連れている。この町の娼婦なのだろう。 通りの向こうでは、やはり見覚えのある若者が、男娼と思しき人影相手になにやら交渉をしているようだ。 「ここぞとばかりに遊んでるな。……ま、航海期間が長かったもんなー」 コーヒーに角砂糖をくわえながら、笑いまじりの声で相嶋が呟く。それを聞いていた磐佐が、配給制の『感染病予防具』を手の中でもてあそびながら、唐突に尋ねた。 「……実際のところさ、お前、どこまでならイケるんだ?」 「どこまでって?」 磐佐の言葉に、相嶋が目を瞬いた。 そのまま相嶋の視線が、磐佐の手元に移る。そして、相手が『何』をもてあそんでいるのかに気付くと、眉をしかめて顎で手元をしゃくった。 「……おい」 「ん?」 「それ、しまえよ。みっともねーだろ」 言われて磐佐が、黙って手元の『もの』をポケットへ戻した。そして何事もなかったかのように、「で?」と相嶋の顔を見、話しの続きを促した。 「……『で』って? なにが『どこまでイケる』なんだよ?」 相嶋が、溜息をついて肘杖をつく。磐佐は目の前のコップを手にとって、前歯でストローを噛みながら、ちらりと外を流し見た。 「んー……例えば俺なら、金出してまで男は買わねぇよ。……で、お前だったらどうする?」 「あぁ、そーいうコトか」 磐佐の言葉に頷いて、相嶋も窓の外を見る。 先ほど立っていた二人組は、丁度並んで歩きだしたところだった。これからブラブラ町を見歩くわけでもあるまい、行く先は分かりきっている。 磐佐は何を言うでもなく、相嶋も口を開こうとはせず、じっと黙ってその光景を眺めていた。やがて、二人の姿が雑踏に消えるのを見送って、相嶋がカップを取り上げた。 「あえて言うなら、無理じゃねーよ」 「へぇ」 それについて何の感慨を持った様子もなく、磐佐が鼻から抜けるような声で返した。相嶋も特に感慨がある様子もなく、カップに口をつけ、ソーサに戻す。 「お前だって、『知らないから買わない』だけだろ」 「俺は相手が女でも買わねぇけどな」 磐佐の言葉を聞いて、相嶋が眉間にしわを寄せた。 しかしそれも一瞬のことで、おもむろにカップの中身を飲み干した相嶋が、かちゃりとカップを戻しながら口にした。 「んまぁ俺も、最近は買ってねーな」 「……なんで?」 そういや、ここんとこずっと自粛してるみたいだな……と呟いて、磐佐が顔を上げた。潰れたストローがポロリと落ちて、コップの中へ戻った。 その様を見て小さく笑い、相嶋がゆっくりと背もたれに身体を預けた。ポケットから煙草を取り出し、ゆっくりとした挙動で火を付ける。深く息を吐き出すと、煙が店内に薄く揺らいだ。 一条だけ登った白煙を見送って、相嶋がつけたばかりの煙草を磐佐に差出す。そして磐佐が手を伸ばし、受け取る挙動を見るともなく見つめながら、微かに息を吸った。 「んー……俺も色々、模索中でさー」 宙を見詰めながら、言うともなく、相嶋が呟いた。 少し様子が変わったことに気付いた磐佐が、ふと顔をあげた。しかしすぐに身体を引いて、背もたれに体重を預け、磐佐も煙の行方を見遣った。 「悩み多き年頃か……遅ぇな。ま、せいぜい頑張れよ」 それを聞いて、相嶋が少しく笑った。 「他人事だと思いやがって」 いつのまにか相嶋の視線は、磐佐のコップへと移っていた。 磐佐の視線はというと、角砂糖の容器へ注がれている。 「……なぁ」 「どーした?」 「これ、かじってもいいかなぁ」 そう言いながら、磐佐が角砂糖を一つ、つまみあげた。 |