我が相嶋……屋号宮之下公爵家の客人は多岐にわたる。 その大半は政治的つながりを持つ仕事上の繋がりで、無論ホストは公爵たる私自身だ。 次点で利用するのは長男の倫太郎で、過去にも何度か正装姿の男を連れてきたことがあり、そのたびに何か少しずつ小さな変化があった。政界の人脈と言うのは恐ろしいもので、それが人事に影響することはおろか、ときには重大な政治的判断にも…… 「旦那様お聞きですか」 あ? うるさいな、いま独白の真っ最中だろう、後にしろ後に。 「旦那様、お耳に入れておきたいことが」 うるさいと言っているだろう、まったく! どうせまた下らない仕事の…… 「旦那様お聞き下さい」 「なんだ! まったく騒々しい!」 先程まで夢心地だったというのに、いったい何なんだ! そんな憤りを込めて、執事の畠中を睨みつけた。しかし畠中はどこ吹く風といった涼しい顔で、私のことを見詰めている。いったいどういう神経をしているんだ。 「できるだけ短く報告しろ」 「かしこまりました。郵送致しましょうか」 「は?」 「出立が急でございまして、倫太郎様のお友達に土産物をお渡しできなかったのですが、郵送いたしましょうか」 もう何だっていい、住所が分かっているなら郵送でも箒に跨がる美女の宅急便でも何でも………… ……いま、なんといった? 「……友達だと? あいつの?」 「はい、先日お泊りにいらした」 あぁ、あれか。たしか正装でダンスホールにいた、あいつと同年代の。そういえば顔もろくに見ていないな。 ……え? 友達? 仕事上の付き合いではなく?! 「あいつに友達がいたのか?!」 「はい」 家出みたいに軍隊へ飛び込んで、親である私の忠告も聞きやしない馬鹿息子だぞ? そんなあいつに、そんな高尚なものが、存在しているわけがない! この私にもそんな高等な人間関係など、せいぜい二人くらいしか……いやそれより、あいつの友が視認されたというのか?! 「待て、昨日の客はあれの友だったというのか?!」 「はい」 畠中が頷いて、近況報告に倫太郎が書いて寄こした手紙を……えぇい早く読め! 「来週の帰郷に、同居中の親友を同伴したい……――と」 あの捻くれ者と親友になるなんて酔狂をやらかすやつが、一人でもいるものか…………いやちょっと待て、さらに聞き捨てならん言葉を、聞いたような気がする。 「後半をもう一度」 「同居中の親友を同伴したい、と」 ……ん? ドウキョ、だと……? 私でも、そんなこと、したことがないというのに……?! 「ただいまぁ」 縁側に荷物を放り出して、ついでに身体も投げ出して、深く息をついた。 藺草の匂いをかぐと、家に帰ってきたんだな、って思う。 「まぁた荷物投げ出してー。あ、あれ、義父さんは?」 亮祐がそう言って、荷物を家の中に運び込んでくれた。 こういうマメ男なところは、昔から全っ然変わらない。あぁ、これも「ただいま」って感じだなぁ。 「私だけ一足先に帰ったの。ねぇ、肩揉んでくんない? ちょっとだけ!」 そう言って座りなおすと、亮祐は溜め息をついて、でも結局肩に手をかけてくれた。 やっぱり男の手だなぁ……うん、そこそこ、気持ちいい……。 あ、ヤバい、寝そう。 「あぁ、そうだ。昨日、帰ってきてたんでしょ?」 年末年始くらいしか帰郷しない弟のことだ……なんて、言わなくても分かる。 「あぁうん、でもあいつら、今朝早く帰っちゃってさー。忙しんだろうな。……凝ってますねぇ、お客さん」 「凝ってますよぉ。……そっか、入れ違いだったか」 特別悔しいとも思わない。弟の顔を見たいわけでもなし、大体すぐに帰ってくるだろうし。 「そういえば、栄司の友達も泊まりに来てたんだっけ?」 何となく思い出して、尋ねてみた。 ガキ大将のあいつの周りは舎弟格ばっかりだったから、あの子が人と『友達』やってるのが、いまひとつ想像できない。 「そうそう倫太郎。弟が一人増えたみたいで楽しかったなー」 あれ。聞いたことあるな、その名前。 「リン……? ちょっと待ってよ、いま思い出すから」 栄司繋がりで『倫太郎』……えーっと確か、この前帰ってきたときに…………あぁ、そうだ。 「思い出した、同居中のお友達だったっけ」 ん? さっきの話の流れだと……泊まりに来たのって、もしかしてその当人? 思わず振り返ると、亮祐の目も大きく見開いていた。 「え? あいつが同居中の同期さん?!」 いま知ったの?! 馬鹿! この頓馬! で、ど、どんな人だった?! 「どんなって……いや、普通に話して……草抜きして、薪割りして、風呂焚いて……」 「バカぁっ! その人ってたしか公爵家の血でしょ?! それでなくても相手はお客様!」 お客様に草抜きさせる家がどこにあるっていうの! うぅんそれどころじゃない。 あぁっ、惜しいことした! 後悔先に立たずって本当なんだ。 あの愚弟と。 同居するくらい仲良しな相手の顔を、見損ねた!! |