軍手をはいて畑に入り込み、これから暑くなるんだぞと麦わら帽子をかぶせられながら、相嶋は楽しそうに草抜きに従事していた。 亮祐は「フンイキとか持ち物が都会っ子みたいだし、途中で飽きるかな」と笑っていたが、相嶋の根性と執念は見上げたもので、彼が腰を挙げたのは一帯の雑草を綺麗に巻き上げた後だった。 「おーっし、こんなもんか?」 抜き終えた草々を一つの山にまとめながら、相嶋が二人を振り返る。隣の畑で害虫を摘んでいた磐佐は「あぁ、そんなもんだろ」と普段通りに返したが、亮祐はぽかんと口を開けた。 「すっげぇなー、あいつ2時間休みなしだったぜ……。軍隊でそんなことまで訓練するのか?」 「ん……たまにな」 草抜きで長時間の経験は、何かをやらかしたときくらいだ。とは言え泳ぐにも歩くにも、半日休みなしというのは、さして珍しい事態ではない。 それにこれは、仕事ではない。どんなに楽な作業でも、それが「仕事」「義務」であれば、許される範囲で手を抜く方法を考える。逆に「仕事」でないなら、決して手を抜かない。ましてや休み中の体験農作業のようなものだ、今日の相嶋は馬車馬のごとく働くだろう。 「あと、薪割りの訓練もしたかなぁ」 適当なことを口にしたが、それを聞いていた相嶋は、嬉しそうに軍手をはきなおした。 楽しそうに薪を割り水路の見回りについて歩き五ヱ衛門風呂を沸かし、風呂上がりに縁側で夕涼みするころには、着込んだ甚平が妙に板についていた。 「甚平着慣れてるなー」 「そりゃもう当然っしょ」 そして二人の笑い声が、あっはっはっはと響く。相嶋が良家の出で、甚平は初めて着たのだと聞いても、亮祐は信じないに違いない。実際磐佐も知らなければ、絶対に信じなかったほど、その様子は相嶋に馴染んでいた。 家がそう近接しているわけではない。どこの家も襖やら何やらを開け放しているようで、同じような呵々大笑が、夜の向こうから聞こえてくる。 「あぁーここが実家だったらいいのになー」 「盆暮れ正月以外にも、またいつでも遊びに来いよ」 「こんどは手土産持ってくるわ。リクエストあったら教えてくれ。あ、これ名刺な」 縁側に寝ころんで床板の冷たさを楽しみ、夕飯に出た魚の味を思い返しながら、磐佐が黙って二人の会話を聞いている。 「今度は奥方にも挨拶しないとなー」 「浮気は許さねぇってんだよーぅ」 「もう一人、弟を増やす気はないか聞きたいね」 「おとう……あー酔ったぁー」 「もうかよ? まだ舐める程度しか飲んでねーだろ」 「俺はぁ、弱いんだよぉー」 それだけ言って、突然亮祐の身体が傾いだ。その場に横になって、あっというまに鼾をかき始めたのを、相嶋がぽかんと見詰める。 「……寝たのか?」 「相当弱いらしい」 代わりに磐佐が身体を起こして、自分でぐい飲みに酌をした。弱いと手紙に書いて寄こしたことはあったが、まさかこれほど早くつぶれるとは思いもしなかった。ましてや何も聞いていない相嶋は、体調でも崩したのかと思ったようだ。 「……ホントに寝たんだよな?」 「死んじゃいねぇから安心しろ」 そう聞いてもまだ納得できないのか、しばらく手を口元へやって呼吸を確認し、ようやく相嶋もほっとしたようにその場に座りなおした。 「あーびっくりした。……布団につれてかなくていいのか」 「雑魚寝で平気だろ。お前も、布団が欲しけりゃ向こうの部屋に……」 そう言いかけたが皆まで言わさず、相嶋が嬉しそうにその場にごろりと横になった。 「俺もこのまま寝ちゃおうかなー」 「蚊に喰われていいならな」 「いまさらだろ」 すでに身体中喰われまくってるっての、と言って相嶋が笑う。それを見て磐佐がふっと息を吐くように笑い、蚊取り豚を引き寄せた。 「……なぁ、そんなに楽しいか? ここ」 「あぁ、すっごく楽しい!」 「そか」 そう言って、目を閉じた。「なぁ、」と相嶋の声が聞こえたが、返事するより先に意識は睡魔に飲まれていった。 |