帰郷シリーズ 1 実家 〜故郷に二色編〜

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「俺の実家に泊まりにこないか?」
 互いに背を向けて座っていた相手の、突然の申し出に、相嶋は思わず目を見開いて振り返った。
 同期同職同居人の磐佐は、読みかけの手紙を片手に、相嶋の返事をじっと待っている。
「お前の? いつ?」
「今度連休あるだろ。そのとき」
 溜まっていた休日を振り替え振り替えして、二人で示し合わせ、月末の一週間を一大連休に仕立て上げた。とはいえ、旅行にいくような大きな予定はないのが実情だ。
「空いてるなら一泊二日くらい、どうだ?」
「いや……でも悪いだろ」
 珍しく相嶋が、殊勝な物言いをした。
 学生時代の入校式や卒業式と幾度となく機会はあったのだが、二人とも互いの家族を見た覚えはなかった。
 家族の前でまで主張するような痒い友情を結んでいたわけではないし、二人とも必要最低限の事項以外、家族に知らせてはいないのだ。帰郷したおりに何度か話したことはあったが、わざわざ書面にして友達と同居すると、むろん知らせているわけもない。
「お前の家族は俺の顔も知らねぇじゃねーか。それにお前の実家って、女の人が多くなかったか? いきなり知らない男が、ずかずか泊りに行っちゃマズイだろが」
 相嶋が重ねて言いつのる。
 すると磐佐は、手元の手紙へ再び視線を落としたまま、浅く肩をすくめた。
「それがな、親と姉貴が旅行に出かけるらしくて」
 そう言いながら、磐佐が再び手紙の文字を追った。
 姉のところへ婿にきた義兄が、「一度友達でも連れてきて、ゆっくりするといい」と言って寄こしたのを見た瞬間、思い当たったのは相嶋くらいのものだった。
「義理の兄が置いてけぼり食らうんで、久々に飲まないか……と。そういうわけで男ばっかりだから、なんのもてなしもないけどな。それでもいいなら、どうだ」
「ホントにいいのか?」
 再び相嶋が聞き返した。今度の声には、嬉々とした色が滲んでいる。肯定しようと手紙から顔を挙げたところで、期せずして相嶋と視線がぶつかり、磐佐は少し言葉をきった。
 その間を逃さず、相嶋が姿勢を崩し、上半身を乗り出した。
「実は俺もな、今度実家に帰ろうと思ってて」
「それなら残念、コッチはまた今度だな」
「急くなよ。……な、連休の最初二日だけ、俺が実家に帰るのに付き合ってくれないか?」
 今度は磐佐が目を見開く番だった。
 手紙を片手に身体ごと振り返れば、すでに振り返っていた相嶋が指の背を顎にあて肘杖をついて、下から窺うように磐佐の顔をのぞき見ている。
「うちの実家で一泊して、お前のところに一泊させてもらう……それじゃ、駄目か?」
「いや、そっちこそ、いきなり俺が訪ねて行ったら……」
 磐佐が反駁しかけたが、それを聞いた相嶋が笑って、「その点は大丈夫だ」と軽く手を振った。
「うちはいつでも、客人を招く用意だけはキッチリしてんだ。ファーストクラスのおもてなしを期待しな。ただ……お前にちょっと、付き合ってほしいこともあるんだが……ま、たいしたことじゃない」
 相嶋としては一人で実家に帰り、日帰りで何とかする気だった。
 しかし父親から「お前には友達の一人もいないのか」と言われていることを思えば、磐佐が一緒に来てくれた方が嬉しい。援護があると思うだけで、ずいぶんと相手への対峙の仕方が変わってくる。
「頼めるか」
 勢いに乗じてたたみ掛けると、磐佐は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにはっきりと首を縦にふった。
「……あぁ。ファーストクラスのおもてなしとやら、期待してるからな」
「助かる! それじゃ、さっそく連絡入れとくからなー……逃げんなよ?」
 相嶋の最後のセリフに、不穏なものを感じて磐佐が顔を上げた。
「…………逃げる?」


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