相不変

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 休憩時間をねらって息抜きに出、少し遠回りの用足しをした帰り道である。
「おぉ、見慣れた顔だ」
 掛けられた楽しげな声に、相嶋は怪訝な顔をして振り返った。
「あれ……なんでここにいるんだ」
 少し離れた職場にいるはずの磐佐が、相嶋の前に姿を現すのは珍しい。
 立ち止まって待ってやると、磐佐は大股に追いついてきて、隣に並んで帽子を直しながら横目をよこした。
「お前こそ……サボりか」
「息抜きだ」
 丁重に訂正してやる。それを聞いた磐佐が、ふふんと音だけで笑った。
「俺は公用だ」
 それを聞いて、相嶋も息だけで笑う。
 こちらに用事があったのは、嘘ではないだろう。ただ最短時間を大幅に過ぎていることは、予想にかたくない。
「で? ついでで、どこまで行ってたんだ」
 そう尋ねると、磐佐はちらりと振りかえり、長い直線道路の向こうを親指で示した。
「敷地のなかをぐるっと回って、突き当たりの祠を拝んで、反対側の火薬庫まで見てきた」
「……一時間はたっぷり歩いてたわけか」
「まぁそうなるかな」
 のんびりと答える磐佐に、相嶋があきれた溜め息とともに「自由だな」とかえす。
「そういう相嶋は、どこ行ってたんだ?」
「俺は向こうの便所借りて、御無沙汰の元上司んとこに顔出して、ついでに前の部署の様子見てきただけだ」
 自分で数えあげ、意外と寄り道していたなと笑う。今度は磐佐が、あきれた顔を向けてよこした。
「元上司に前の部署、ね……どうせまた、人脈がどうのって、面倒くさいこと考えてたんだろ」
「俺にしてみりゃ、これが普通なんだよ」
 仕事ではなく、人を捕まえておきたい。そのために動くことは、相嶋にとっては日常の一部なのだ。
 それを言うならと、今度は相嶋が軽く眉をあげた。
「俺としちゃ、お前のやり方のほうが理解しにくいけどな」
 相嶋と違って、磐佐は普段、興味のない相手は名前すら覚えない。それに興味が沸いたとしても、仕事場で自分から近付いて行くことはほとんどない。
「真似できないな」
 小さく呟くと、磐佐が笑った。
「たしか、昔も言われたな、それ。……でも、真似しようとは思わないだろ?」
 磐佐の言葉に、少し考えて、相嶋が肩をすくめる。
「……まぁな。その点、お互い様だろ」
 いまさら似せられるものでもない。
 それに、自分の性分とも、目の前の相手とも長く付き合ってきたのだ。
 お互い、こんなものだろう。

「じゃ、俺はこっちだから」
 磐佐がゆるりと背を向ける。
「また後でな」
「おう」
 あとで落ち合おうと手を振り分かれる。
 今夜は飲もうという話になる気がして、ちらりと時計を見た。それから磐佐の背中に目をやると、どうやら相手も時計に目をやっていたらしい。
 それに気がついた相嶋が小さく吹き出すと、磐佐が振り返り、同じようににやりと笑った。


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