帰る人

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 航海訓練を終え、帰宅したのは一週間ぶりだった。
「ただいま……って、誰もいねぇんだよなぁ」
 無人で寒々しい、畳の二間がだだっ広い。なんとも侘しい帰還、と言わざるをえない。
 仕方がない、平日の昼過ぎなのだ。同居中の相方がいたら、それこそ大問題だ。
「まぁ、これで一人暮らしじゃないだけマシか」
 一人ごちて、鞄を近くに放り出す。
 しかしおもむろに荷を解いたところで、鞄の中にはシャツやら下着やらしかないことに気付き、再び肩を落とした。替えの下着を仕舞うだけの荷解きだ、どう考えても侘しいに決まっている。それとも『虚しい』だろうか?
 何を置いても、男と同居ということからして、何か間違っているような……いや、これ以上考えるのはよそう。
「……夕飯でも作っとくか」
 少し早いが、気を紛らわすには調度良い。
 上着を脱いで、袖を捲くりながら土間に立つ。そして辺りを見回したところで、ふと磐佐は動きを止めた。
「……ん? なんだこれ」
 広げた新聞紙で蓋をした器の中に、魚の煮付けが残っている。隣の皿には少し焦げた卵焼きが、これも一切れだけ乗っていた。
「食い残しか?」
 呟いてはみたが、磐佐はすぐに、その考えを頭から追い払った。あの男がそんなに少食であるはずがないし、食べ切れない量を作るわけがない。そもそも作ったなら、意地でも食う男だ。
「……あいつ、腹でも壊したかな」とぼやいて、魚をしげしげと眺めてみた。……一応、火はちゃんと通っているようだ。
 健啖家二人の家で残り物など、見たことも聞いたこともなかった。何を思って残したのだろうか。相方の行動が読み切れないまま、そっと新聞紙を戻した。

 しかしふと手を止めて、磐佐は再び新聞紙を取り上げた。

「……俺の?」
 考えてみれば今度の航海について、自分は伝えるのをすっかり忘れ、結果的には黙って家を空けたのだ。自分がどこに行ったか、いつ帰るのか、相嶋は何も知らなかった。
 二人分の食事を作るのが、すっかり身に付いていたのかもしれない。今週もずっと、二人分の準備をしていたのだろうか。
「……やりかねん……」

 少し考えて小さく吹き出し、磐佐は新聞紙を取り上げた。思えば今日は、まだ昼を食べていない。
「まずは昼飯だな」
 ちゃぶ台につき、磐佐は一人、笑みを含んで箸をとった。


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