目覚めて最初に部屋を見渡すのは、ここ数日ですっかり習慣になっていた。 「……まだ帰ってないのか」 小さくぼやいて、いつものように支度を始める。 と言っても着替えを済ませ、歯を磨き、顔を洗うだけだ。いつもと同じ、何の変哲もない朝である。 いや、違った。ここ最近になって、突然増えた『習慣』が、一つだけあった。 「また残っちゃったかー」 手を伸ばして、器の冷たさに、思わず苦笑が漏れた。 昨夜の夕食の残りだった。二人分作ったはいいが、現在同居中の相方は、昨夜も帰ってはこなかったらしい。 彼がこの家を留守にして、もう一週間になる。 「俺も甘いよなー……」 もしかしたら、自分が寝ているあいだに、帰ってくるかもしれない。 そう思うと踏ん切りがつかず、片付けられないまま放置していたのだ。昨日かぶせておいた新聞紙が、少しだけめくれている。 昨夜、相方が返ってきたような気がして、一度目が覚めた。たぶん、風の音だったのだろう。 でも、もし今日、自分が留守のあいだに帰ってきたら。 そんなふうに考えてしまうと、朝飯代わりに手を付けるのも、すこし躊躇われた。自分の朝食ではなく、あくまで『ヤツの夕食の残り』なのだ。 「もう歯を磨いちまったしな」 結局今日も、こうして手を付けられずに家を出る。 とくに何を言われた記憶もないが、どうせ出張だか航海だかがあるのを、すっかり言い忘れていたのだろう。 しかし、放っておくことはできなかった。まったく心配していないと言えば、嘘になる。 「……何にも言わねーんだもん……」 口の中で小さく呟き、鞄を軽く振ってみた。 (まったく……どこに行って、いつ帰るかくらい、きちんと知らせとけっての) もしかしたら今日帰るかもしれない。 そう思って、ついつい二人分の食事を作ってしまう自分は、やはり少し甘いのだろうか。 たとえば今日帰ってきて、また誰もいなかったら。 それとも、相方が帰ってきて、昨日の残りを食べていたなら。 「……うんまぁ、大差はないか」 状況に、さしたる違いはない。 ……それでもやっぱり、少しは、何かが違うと思う。 再び鞄をゆるく振って、相嶋は少しだけ、歩調を上げた。 |