これからも

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 型通りの報告を終えて部屋を出た磐佐を、相嶋が一人廊下に佇んで待っていた。磐佐の歩みに合わせて相嶋も歩きだし、二人の後に、相嶋のくわえ煙草が白く煙を残す。
「……ご苦労さん」
 それが、相嶋の第一声だった。無表情の中に薄く開いた唇が、有るか無きかの動きで吐息を言葉へと変えている。
「死人を出さなかったんだって? 良かったじゃねーか」
「……ああ」
 相嶋の言葉に、僅かに蒼い顔をした磐佐が、それと判るほどに眉をしかめて反応した。片袖を外し左腕を吊り、部屋を出た時分から、まるで痛みに耐えるかのように唇を固く引き結んでいる。
 反応の薄い磐佐を見遣り、物言いたげに視線を逸らして、相嶋はふうと煙を吐き出した。
 開け放された窓の遥か向こうには、海が綺羅として輝いている。
 相嶋は眩しげに形良い眉を寄せ、友の肩越しに、暫しその景色に見惚れる。
「……痛むか?」
 やがて軽く肩を竦めると、相嶋がおどけたように右手で隣人の包帯をつついた。
 その途端、わき目もふらず歩いていた磐佐が、無事であった右手を伸ばした。そして相嶋の右腕を強く掴み、引き留めた。
「ってえ……」
 走った痛みに、相嶋が思わず声を漏らす。同時に袖に赤黒い染みが広がり、それに気付いた相嶋が咄嗟に相手を振り払って自らの袖を隠した。
 しかし磐佐は己の所為で浮き出た染みに動ずることもなく、ゆっくりと鋭い眼差しを相方へと投げ掛けた。
「……何でお前までケガしてんだよ。何のために、こっちが名誉の負傷をしたと思ってんだ」
「うるせー。大体、お前よりはよっぽど軽傷だろ」
 唇を尖らしながら、相嶋が左手を伸ばし、素早く磐佐の包帯を捕まえた。それだけで呆気なく開いた傷口を庇い、磐佐が瞳に険を含ませる。
「……この野郎、何しやがんだ」
「な? それ。負傷はお互い様だ」
 相嶋の言葉に、磐佐は一層表情を険しくした。
 そのまま、睨み合うこと数瞬。
 顔を見合わせた二人が、同時に、盛大に吹き出した。
 緊迫した空気が、幻のように砕け散った。
「……ぶっ」
「ひゃっはっははっ、ひー…………ぷっ、生きてて良かったなあお前!!」
「くっくっくっ……お前こそ、憎まれっ子世に憚ってんな! あはっはははは……」
 互いに肩をバシバシと叩きあい、堪えきれない笑いを奥歯で噛み締める。そうして一通り大笑すると、二人は同時に互いの肩をがしりと組んだ。
「取り敢えず、お前とまた会えてよかった!」
「お前とは、もう暫く縁があるみてえだな!!」
 殺しきれない笑いを含んで、相手の髪を掻き回す。そして二人は酒盛りに繰り出すべく、肩を並べて歩きだした。
 海と空は、綺麗な青をしている。


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