偉大なる馬鹿

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 校内に銃を持った男が乱入したのだという。戦で息子を亡くした男は、「こんな学校があるからいけないのだ」と叫んで、むやみやたらに銃を乱射したのだそうだ。
 結局、血気盛んな教官や生徒達に取り押さえられ、男は連行されていった。
 負傷者は一名。
 まっさきに飛び出した教官が一人、その身に銃弾を食ったのだという。

 家族が送ってくれたという数日前の新聞を、「読みますか?」と持ってきた部下の一人は、新聞の記事にクスリと笑った。
「艦長がその場にいても、同じことをしたでしょう?」
「だろうな」
 磐佐が頷いて、ばさりと紙を捲る。磐佐にとって新聞を読むとは、見出しを眺め、気になった記事に目を通すだけである。
 ――株価がここ数十年ぶりに大暴落したのだそうだ。新聞というのは株価に変動があるたびに、未曾有の暴落と伝えているのではないか。
「真っ先に飛び出す人は、必ず一人いますからね」
「俺のことか? ま、否定はできねえなあ……」
 呟きながら軽く肩をすくめて、再び新聞を捲った。今度は内地の動物園で、珍しい鳥が孵化したと報じる記事である。心温まるような事柄もあるものだ。
「件の教員は、大怪我をしたとのことですが」
「片腕が吹っ飛ばされたか?」
「素人の小銃では、片腕は飛ばないですよ」
 苦笑と共に、彼が脇から新聞を覗き込んだ。
「ただ、傷は深かったようです」
「そうなのか」
 言いながら顔を上げると、彼は新聞の一面を指してこくりと頷いた。
「勇敢なる教官、病院へ搬送さる。……担ぎ込まれて、何針か縫ったそうで」
 それを聞いて、磐佐がばさばさと一面へ顔を寄せた。眼が字面を追っている。
 その眉根にだんだんと皺が寄っているのに気付かず、彼は笑顔で体を起こした。
「まあ、命に別状はないようです。よかったですよね」
「うん、まあ……そうも言えるよな」
 捲った拍子に新聞を取り落とした磐佐が、ゆっくりした動作で身体を折りながら、唸るように呟いた。
 包帯やら何やらが邪魔で、腕がうまく動かない。舌うちすると、同時に脇から腕が伸びた。部下の手によって拾われた新聞に目を落とし、「ああ、すまん」と拝みながら、無事な利き手で差し出された新聞を受け取る。
「死ぬよりは、ましだよな……」
「……どうかしたんですか?」
 歯切れの悪い言い様に、男が目を瞬いた。すると磐佐は再び新聞に目をやり、ふぅと息を吐き出した。
「こいつ、同期なんだよ。……なあにやってんだか……」
「……え? 知り合いなんですか?」
「ああ、一番の悪友だ。ちょっと前まで旗艦長やってたの、お前は知らないんだったな。そういや言ってたんだよなあ、『お前が怪我して帰るんなら、俺も怪我してやる』って」
 ぼやきながら再び新聞に目を通し、「ありがとな」と言って磐佐がそれを返す。
 まだ自由に使えない左腕を見下ろして、再び眉間に微かに皺をよせた。
「まさか本気だなんて、思わなかった……」
「それは暗に、『無事に帰ってこい』と言っていたのでは……」
 苦笑いを浮かべて、部下が新聞を広げた。
 彼の言葉に、磐佐はしばらく空を見詰めてから、ふっと息を吐いて首を左右に振った。
「もしそうだとしても、相当の馬鹿だな」
「え?」
「ホントばっかだよなあ。ったく、何のために怪我してんだか」
 言いながら見下ろした腕は、なぜかじくじくと傷んでいた。
 感覚はない。でも、そんな気がしたのだった。


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