貴様と俺とは 9

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 どさくさまぎれに内火艇に乗り込み、鉄屑艦へ上がってみた。
 しかし「アンタがここに居ちゃ指揮できないでしょう!」と艇長に叱られて、「いや俺は、艦長を迎えに来ただけだ」と言い訳したあげく、結局数分で戻された。
 帰り際に、まだ舷に立ちつくしていた磐佐が「退艦するのは一番最後と決めてんだ、ほっとけ」とぐずったが、気にせず艇長と二人掛りで内火艇へ押し込んだものである。

 早々に安全域へ移らされ、至極不満気な顔つきで、二人は立っていた。
「……艦内、何人残ってる?」
 てんやわんやの部下を一通り眺め、相嶋が磐佐に目を遣った。
 顔半分を血糊に染めて、片腕に抱えていた副長を担架に寝かしながら、磐佐が首だけで周辺を振り返る。
「分からん。最優先で、自分の安全を確保させたからな……怪我人を迎えに行かにゃ。身動きできなくなったのも、まだまだ沢山いる」
「だろうな。どこから手をつけるか……」
 相嶋が腕を組んで、じっと鉄屑同然の艦を凝視する。
 戦隊の他の艦は、仲間や敵兵の救助に勤しんでいる。大駒の故障処理くらい、自艦一隻で引き受けてやるしかあるまい。
「接舷させるのは、危なすぎるな。……デカい火の気はないみたいだし、少しずつ人を送り込むか?」
「充分危ないだろ」
 磐佐に口を挟まれて、相嶋が苦笑を浮かべる。
 危ない場所にいる者を助けに行くのである、多少の危険は致し方ない。
 それが駄目だというのなら、手は一つしかない。
「……落ち着くまで、下手に手出ししない方がいいのか?」
 小さく呟く。ちらりと磐佐に目を遣ると、視線がぶつかった。
 残った者達を見殺しにする気かと、非難や憤慨も覚悟の上の発言だった。だが意外にも、彼はあっさりと頷いて、なぜかゆっくりと歩き出した。
 内火艇へ向かっているのを悟り、艦から降りる気かと、彼の真意を測りかねて後を追う。
「……おい、どこへいく」
「戻る。艦長は艦と運命を共にするもんだろ。つまり俺なら、もしものことがあっても、問題ない」
「待て」
 声をかけると同時に、目の前で背中がふらついた。
 平気そうに振舞っている。痛いのは気にならないのかもしれない。
 ――しかし身体に支障が出ている。
 自覚症状がないのは、一番怖い。無理をするなと言っても、無理をしている自覚など、微塵もないのだろう。
(……仕方がない。ホントはこんな手に出たくなかったんだけどな)
 深くて重い溜め息を一つ。
「……抜け駆けは、許さん」
 小さく呟いて、背後へそっと近づく。

 そして渾身の力を込めて、背後から頸動脈へ手刀を叩きこんだ。

「う゛……っ」
 低い呻き声一つ残して、磐佐の身体がその場に倒れ伏した。
「油断したな」
 衝撃の残る右手を振りながら、相嶋がにやりと笑った。
 体調万全の彼を相手なら、こうはいかないのが常だ。手刀をそのまま掬われて、その場で背負い投げられるのがオチだろう。
「俺に背中取られるなんて、お前らしくねーよなあ?」
 揶揄するように笑って、その身体を持ち上げる。こんなに重かったかと内心首を傾げながら、相嶋は目で担架を招き寄せた。
「……ほれ、土産だ」
 近寄ってきた衛生兵に、磐佐の身体を勢いよく預ける。
 そして、背後で真っ青になりながら成行きを見守っていた副長に、相嶋は声をかけた。
「急ぎ牽引にかかれ。帰港後に救助、時間との勝負だ」
「いえそれよりも、その腕……」
「ん?」
「は、早く手当てして下さいっ」
 副長が、よく分からない悲鳴を発して、両手足をバタバタさせている。慌てた彼の視線を追って、相嶋はゆっくりと自分の身体を見下ろした。
「……あ?」
 副長の悲鳴も、道理だった。
 いつのまに怪我をしたものか、腕がパックリ切り裂かれ、左腕が真っ赤に染まっている。どのあたりで負ったものか、まったく覚えていない。
(……戦闘中じゃない、みたいだが)
 靴の周りに滲んだ血溜りは、もしかしなくとも、この傷から出来たものだろうか。
 ついでに頭も打っていたか切っていたのか、何かが顔をたらりと伝った。
「このシャツは、もう使えねーな」
 やる気のない声を出し、負傷した腕をわずかに持ち上げ、顔に伝ったものを拭う。

 そして相嶋は、その場にパタリと倒れた。


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