どさくさまぎれに内火艇に乗り込み、鉄屑艦へ上がってみた。 しかし「アンタがここに居ちゃ指揮できないでしょう!」と艇長に叱られて、「いや俺は、艦長を迎えに来ただけだ」と言い訳したあげく、結局数分で戻された。 帰り際に、まだ舷に立ちつくしていた磐佐が「退艦するのは一番最後と決めてんだ、ほっとけ」とぐずったが、気にせず艇長と二人掛りで内火艇へ押し込んだものである。 早々に安全域へ移らされ、至極不満気な顔つきで、二人は立っていた。 「……艦内、何人残ってる?」 てんやわんやの部下を一通り眺め、相嶋が磐佐に目を遣った。 顔半分を血糊に染めて、片腕に抱えていた副長を担架に寝かしながら、磐佐が首だけで周辺を振り返る。 「分からん。最優先で、自分の安全を確保させたからな……怪我人を迎えに行かにゃ。身動きできなくなったのも、まだまだ沢山いる」 「だろうな。どこから手をつけるか……」 相嶋が腕を組んで、じっと鉄屑同然の艦を凝視する。 戦隊の他の艦は、仲間や敵兵の救助に勤しんでいる。大駒の故障処理くらい、自艦一隻で引き受けてやるしかあるまい。 「接舷させるのは、危なすぎるな。……デカい火の気はないみたいだし、少しずつ人を送り込むか?」 「充分危ないだろ」 磐佐に口を挟まれて、相嶋が苦笑を浮かべる。 危ない場所にいる者を助けに行くのである、多少の危険は致し方ない。 それが駄目だというのなら、手は一つしかない。 「……落ち着くまで、下手に手出ししない方がいいのか?」 小さく呟く。ちらりと磐佐に目を遣ると、視線がぶつかった。 残った者達を見殺しにする気かと、非難や憤慨も覚悟の上の発言だった。だが意外にも、彼はあっさりと頷いて、なぜかゆっくりと歩き出した。 内火艇へ向かっているのを悟り、艦から降りる気かと、彼の真意を測りかねて後を追う。 「……おい、どこへいく」 「戻る。艦長は艦と運命を共にするもんだろ。つまり俺なら、もしものことがあっても、問題ない」 「待て」 声をかけると同時に、目の前で背中がふらついた。 平気そうに振舞っている。痛いのは気にならないのかもしれない。 ――しかし身体に支障が出ている。 自覚症状がないのは、一番怖い。無理をするなと言っても、無理をしている自覚など、微塵もないのだろう。 (……仕方がない。ホントはこんな手に出たくなかったんだけどな) 深くて重い溜め息を一つ。 「……抜け駆けは、許さん」 小さく呟いて、背後へそっと近づく。 そして渾身の力を込めて、背後から頸動脈へ手刀を叩きこんだ。 「う゛……っ」 低い呻き声一つ残して、磐佐の身体がその場に倒れ伏した。 「油断したな」 衝撃の残る右手を振りながら、相嶋がにやりと笑った。 体調万全の彼を相手なら、こうはいかないのが常だ。手刀をそのまま掬われて、その場で背負い投げられるのがオチだろう。 「俺に背中取られるなんて、お前らしくねーよなあ?」 揶揄するように笑って、その身体を持ち上げる。こんなに重かったかと内心首を傾げながら、相嶋は目で担架を招き寄せた。 「……ほれ、土産だ」 近寄ってきた衛生兵に、磐佐の身体を勢いよく預ける。 そして、背後で真っ青になりながら成行きを見守っていた副長に、相嶋は声をかけた。 「急ぎ牽引にかかれ。帰港後に救助、時間との勝負だ」 「いえそれよりも、その腕……」 「ん?」 「は、早く手当てして下さいっ」 副長が、よく分からない悲鳴を発して、両手足をバタバタさせている。慌てた彼の視線を追って、相嶋はゆっくりと自分の身体を見下ろした。 「……あ?」 副長の悲鳴も、道理だった。 いつのまに怪我をしたものか、腕がパックリ切り裂かれ、左腕が真っ赤に染まっている。どのあたりで負ったものか、まったく覚えていない。 (……戦闘中じゃない、みたいだが) 靴の周りに滲んだ血溜りは、もしかしなくとも、この傷から出来たものだろうか。 ついでに頭も打っていたか切っていたのか、何かが顔をたらりと伝った。 「このシャツは、もう使えねーな」 やる気のない声を出し、負傷した腕をわずかに持ち上げ、顔に伝ったものを拭う。 そして相嶋は、その場にパタリと倒れた。 |