貴様と俺とは 7

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 磐佐は窓際から部下に檄を飛ばし、指示を出していた。
 すでに旗艦とは連絡が取れなくなっている。最後の返答を打電してすぐに、打電機は動かなくなった。
 音信不通になり、操艦攻撃運動がすべて艦長裁量に任せられ、初めて磐佐は指揮をとるために立ち上がった。
 軍部を信じる理性よりも、軍人としての血が騒いだ。
 ようやく采配が廻ってきたのだ。
「今後の指揮は俺が執る。できる限り砲弾を避けるから、大船に乗ったつもりでいろ」
 勢いで言った一言だ。
 しかしその言葉が必要だった。
 不安を抱いていた乗員たちは、たった一言で一挙に士気を揚げた。大丈夫だと断言されることが、彼らには必要だったのだろう。
 その後幾度至近弾を受けても、艦内の統率が乱れることはなかった。直撃するものも、飛んでくる弾に比べれば、異常に少ないのだと言えた。
 乗員は怪我人を助けながら、砲の距離を着実にはかり、一発ずつを確実に中てた。
 味方の砲弾が当たったときでさえ、動揺は見られなかった。

 ……――そしていま、敵艦は当初の半数にまで減っている。
 味方の被害は、自艦を除けば瑣末なものだ。途中から動きを変えた自戦隊の陣形が、着実に敵を追い込んでいる。攻撃も手控え始めた。
 つい先ほどまでと、旗艦の判断の方向性が違う。
「アイツらしいな」
 磐佐の口の端に笑みが浮かんだ。まったくアイツは、堪忍袋の尾をしっかり補強すべきだ。
 勧告がいっているらしい。勝敗については、もう大丈夫か。
 隣に立つ副艦長に向かって、磐佐は低く呟いた。
「そろそろいいと思うんだが」
「そうですね」
 副長の植村も、自艦が集中砲火を受けていることは知っている。戦線から離脱しなければ、艦が危ない。
 すでに艦は傾斜を見せはじめ、艦体のあちこちは砲弾の威力で歪んでいる。植村自身も、被弾の衝撃で片足を負傷していた。
 話はとうについていた。
 爆薬を艦内から減らす意味も含めて、最後に水雷を全て撃ち、全速で戦線を離脱する計画だ。
 出撃前に、腐敗本部から水雷指示は出ていなかった。
 しかし信号系統が壊れた以上、すべての判断は艦長に託される。
 敵の艦を沈めるにも、水雷ほど効果的な方法はない。
 怪我で運ばれてきていた水雷長が、期待に満ちた目をあげる。
「俺も水雷畑だ、先輩と思ってまあ見てろ」
 そう言って一度笑い、先ほどから目標を精密に計測させていた水雷部に向かって、磐佐は伝声管から声を張り上げた。
「最後だ気合い入れろ! 水雷発射、用意! 各員身体を固定しろォ!」
 太く響く声に、兵員が目標を定めた。
 相手は間違いなく敵艦であるか。
 距離はどうだ。
 目標を外さぬためにも、いま一瞬、砲弾を受けるわけにはいかない……――蒼い波、鈍く光る砲塔、艦が一瞬大きく揺れて、艦員の祈りを空へ投げ上げた。
 沈黙。
「撃ち方、始め!!」
 艦長の怒号が艦内に一斉に伝播し、艦がぐらりと大きく揺れる。

 そして、一瞬の間を置いて……敵艦の横腹を、大きな水しぶきが上がった。

 ……――命中だ。

「やった……!」
 敵艦がぐらりと大きく傾く。それを見て、磐佐の隣で植村が思わず拳を握り締めた。
 続いて、二つ目、三つ目の水柱が上がる。
「よし、中たったか」
 磐佐が、僅かに喜色の滲んだ声で低く呟いた。
 艦底に穴があいたはずだ。あとは、全速で戦線を離脱するのみだ。
 磐佐が再び口を開いた。

 その瞬間、轟音が辺りを引き裂いた。
「伏せろォ!」
 磐佐が咄嗟に放った号令よりも早く視界が遮られ、景色が回り、暗転した。





 敵艦隊最後の二隻が被弾すると同時に、断末魔のような砲弾が、艦橋を襲った。
 艦長らの集う艦橋が、根元から折れて甲板へと倒れこんだ。


 相嶋は大きく目を見開いた。
 そのまま息をするのも忘れ、倒れていく艦橋を見つめた。
 豪音が響く。
 黒煙が巻き上がる。
 衝撃波が辺りを揺らし、風が頬を撫でていった。

「嘘だろ……」

 小さく、かすれた声で、彼は呟いた。



 友のいる艦橋が、目の前で、ゆっくり倒壊した。


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