貴様と俺とは 6

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 返信が書き留められるのを待ちかねて、紙片をひったくった。
「……まさか、これだけなのか」
「はいっ」
『○』の文字に、思わずため息が漏れた。
 受けるだろう集中砲火など、すでに知っているということか。
 自分の艦のことでもある。相嶋より先に予想は出来ていたのかもしれない。それにしても、もっとまともな返事もあるだろうに……こちらの心配や気遣いをまったく無視して、腹の立つ文面だ。
「……あいつめ」
 くしゃりと左手に紙片を握りつぶし、相嶋は窓から外を見た。
 隣の者にすら声が聞こえないほどに、大砲の音が響いている。
 相嶋が外を見ると同時に、艦が一斉に主砲を鳴らせた。腹の底に響くような轟音が、窓を震わせ空気をさらい、その場にいた全員が振動で数歩よろけた。
「だ、大丈夫ですか」
「あぁ、俺は平気だ。それより、お前こそ気をつけろよ、ホラ」
 その場に転げた副長に尋ねられて、口の端に苦笑をもらす。助けの手を差し伸べてやりながら、相嶋は再び外を見た。
 今度は向こうから、爆音が響く。
 続いて、木霊するようにもう一度。
 数発同時に鳴ったのだろう、窓ガラスがビリビリと揺れ、腹の底で何かが震えた。よろけ、咄嗟に傍のパイプを支えに身体を保つ。
 そのまま視線を滑らせると、既に敵の艦の一隻は大きく傾いていた。それにもう二隻も、深い角度で傾き掛けている。敵戦力となる艦は、あと三隻しかいない。
 味方はと見ると、まだ沈みかけているものはなかった。
 これなら勝てる。
 しかし、甲板を抉られ煙を上げる艦は、一隻存在した。
 自由の利かない舵を操り、危うい所で器用に砲弾を避けている。しかしすべてを避け切れるものでもない。
 袋だたきの割に被害は少ないが、他艦に比すれば圧倒的に多い。
(被弾量が半端じゃない……危ないな)
 そう思い浅く唇を噛んだ相嶋の目の前で、彼の艦が砲塔を吹き飛ばされ、甲板の上が炎でなぎ払われた。
 ……火薬と砲弾は、国によって違う。
 敵国の砲弾は甲板を貫き、砲塔を破壊する。味方のそれは炎を巻き上げ、全てを燃やしてしまう傾向がある。
 なぜ甲板の上に炎が広がった?
「なっ……」
 混戦状態が災いした。
 いまあの艦が受けたのは、味方の砲弾だ。
「なん……」
 副長が隣で息を呑んでいるが、答えは、簡単だった。
 混乱を生じている。
 彼らは、敵艦の密集している海域を適当に選び、砲を向けている。
 これは、相嶋が一見しての判断だ。もしかしたら彼等にも、きちんとした論理があるのかもしれない。そうした命令が下っているのかもしれない。
 ともかく仲間が味方の砲弾を受け、甲板を火の海にしているのは事実だった。
「ホントに馬鹿ばっかだ……」
 誰にともなく、相嶋は呟いた。
 誰もかれも馬鹿だった。そして自分は、その筆頭に馬鹿だ。
 不測の事態は、何一つ起こっていないのだ。
「同志討ちでやられてんじゃねーよ……責任者は一応俺なんだぞ」
 言いながら、相嶋が激しく頭を掻きむしった。
 主戦力となる砲塔のうち、前方の一基は抉られていた。鉄鋼の舷は曲がり、甲板には大きな穴が空いている。
 それでも生き残った砲塔はいまだに火を噴き、艦は動きの制限された回避運動を続けている。
 友人がいる指揮所……すなわち艦橋からの指示は、まだ途絶えていないのだ。
 こんなときでも、ヤツは落ち着いて指示を飛ばしているのだろう。
 ポーカーフェイスが得意なのか、何も考えていないだけなのか……とりあえず、他人に不安を与えないという点において、美徳には違いない。
(……もーいいや。互いに好きにやってやろうじゃねーか)
 拳を握り、息を整え、相嶋はゆっくりと振り返った。
 見ていた副長が、僅かにあとずさる。
 殺気にも近いものを放ちながら、相嶋は数歩、背を向ける幕僚たちへ並み寄った。
 そして、
「撃ちまくれ! 全部沈められるなら、多少味方に損害が出ても構わん」
 脂汗を拭った参謀長が、そう指示を出した瞬間、

「黙れ!」

 突如、砲弾の炸裂音すらかき消すような怒声が、艦橋内に響いた。
 年若の艦長に気圧され、辺りが水を打ったように静かになった。
 砲の音すら、一瞬止んだようだ。一瞬で空気が凍りつき、絶対零度の沈黙が広がった。
「いまの指示は撤回、以下の指示は自分が下す」
 叫ぶわけではない、しかし十二分に威厳を持った声音が、海綿に水が沁みるように艦橋の空気に浸透する。
 そして我に返った幕僚たちが反論するよりも早く、相嶋は彼らへと向きなおり、うっすらとあざけるような笑みを浮かべた。

 ――決して仲間には見せない、血筋の片鱗は、幼い頃から身体に叩き込まれている。
 いまの相嶋に、怖いものなどない。

「私に逆らうということは、現公爵家嫡男に……逆らうということだ。父は今上と懇意、母は皇室の血をひいている。……その上で……」

 ……そうだ。

「その上で、言いたいことがあるなら、それを肝に銘じ『上告』しろ」

 初めから、こうすればよかったのだ。

「敵艦に降伏勧告をしろ。それから当艦、攻撃を止めて沈没艦員の救助にかかれ。……以上、すぐに伝達!」
「は、はい!」
 深く頷いて、慌てて復唱し、従兵が駆けだした。
 黙りこくった参謀部とは裏腹に、艦橋は一挙に活気に満ちた。


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