相打つように、敵艦へ一発撃ち込んだらしい。煙の残る砲身が、ゆっくりと首を巡らしている。 「な……」 間抜けに過ぎる、本当に当たりに行く奴があるか。 そう言いかけたが、すぐに相嶋は口を噤んだ。 おそらく磐佐は、下された回頭命令に忠実に従っただけだ。寸分違わず、予定航路を行ったのだ。それが正しい軍人像なのだろう。 ただ、指示された場所で正しく向きを変えれば、相手に動きを読まれる。 速度が落ちる。 すなわち、いい的になる。 相嶋にしてみれば、これが磐佐の弱点でもあり、軍隊の矛盾でもあった。 命令を無視し、臨機応変に対処することができない。それは、逆に言えば彼の持つ「弱さ」でもある。 判断能力はありながら、ひとたび命令を受けたら、そもそも判断を投げているきらいがあるのだ。 「あンの馬っ鹿野郎……」 低く呟いて、相嶋はじろりと鋭い視線を彼の艦へ投げた。 一度砲弾が中たれば、だいたいの距離はつかめるものだ。 敵にとっても、動く的は捉えにくい。仕方なく、皆が同じ場所で曲がるのを見てとって、回頭点に照準を定めたのだろう。 そして相手の照準が定まったとき、たまたまそこを航行していたのが磐佐の艦だったというわけだ。 要するに、運が悪かったのである。 そこで舵の一部を破壊されたのも、すべては運だったというほかない。 突如その場で不自然に左に回り始めたかと思うと、友の艦はその場でぴたりと動きを止めた。 「おい……アレは、何をやっているんだ」 参謀の一人が、相嶋の脇腹をつついた。 (憶測で答えていいのかよ) よぎった悪態を飲み込んで、相嶋は何も答えず目をこらす。 答えなくとも、すぐ連絡がくるはずだ。 やがて途切れがちな信号が発せられ、舵の故障が伝達された。 「動けなくなったか……」 戦局の展開もまだだというのに、大駒一騎を置いていくわけにもいかない。 彼を中心に陣を組み換え、相手を包囲する指示が、今度は旗艦から電信に乗せて伝えられた。 「後続艦まで伝達できたか?」 「なんとか、いけたようです」 副長の言葉に頷いて、再び双眼鏡を目に押しあてる。 最後尾が動きを変えた。命令が伝達されたということなのだろう。 しかし同時に、敵も前進を進めていた。 ……艦数は六隻。 ぐるりと相手の左へ回り込みながら、相嶋が賢明に目を凝らす。 波が高い。 書類を持って艦内を走り回る味方達が、何とも言えずひどく邪魔っ気だ。集中力が衰え、判断が鈍るような気にさせられる。 (くっそ……) 心中で、歯噛みした。 刹那、突如思い当たった可能性に、相嶋は背筋を凍らせた。 (あ……ああっ!) 双眸が大きく見開かれ、左手が窓の桟を握り締めた。 顔が窓ガラスへ近付き、吐息でガラスがわずかに曇る。 右手が、曇ったガラスを掴むように窓へと押しつけられた。 「……そうか……」 低く呟いて、相嶋は歯を食いしばった。 頭を勢いよく窓に打ちつけ、即座に身をひるがえす。 馬鹿は自分だ。何故気付かなかった。学生時代には、テストのヤマも外したことはなかったのに。 「磐佐艦長に電信送れ。あいつら今から集中攻撃受けるぞ」 同乗する鬼面にも怯まず、相嶋は叫んだ。 見る間に砲が回転した。舷が向き直り、水雷発射の気配が見てとれる。 敵は、誰かを袋だたきにしようとしている。 誰を……それは、問うまでもなかった。 |