貴様と俺とは 5

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 相打つように、敵艦へ一発撃ち込んだらしい。煙の残る砲身が、ゆっくりと首を巡らしている。
「な……」
 間抜けに過ぎる、本当に当たりに行く奴があるか。
 そう言いかけたが、すぐに相嶋は口を噤んだ。
 おそらく磐佐は、下された回頭命令に忠実に従っただけだ。寸分違わず、予定航路を行ったのだ。それが正しい軍人像なのだろう。
 ただ、指示された場所で正しく向きを変えれば、相手に動きを読まれる。
 速度が落ちる。
 すなわち、いい的になる。
 相嶋にしてみれば、これが磐佐の弱点でもあり、軍隊の矛盾でもあった。
 命令を無視し、臨機応変に対処することができない。それは、逆に言えば彼の持つ「弱さ」でもある。
 判断能力はありながら、ひとたび命令を受けたら、そもそも判断を投げているきらいがあるのだ。
「あンの馬っ鹿野郎……」
 低く呟いて、相嶋はじろりと鋭い視線を彼の艦へ投げた。

 一度砲弾が中たれば、だいたいの距離はつかめるものだ。
 敵にとっても、動く的は捉えにくい。仕方なく、皆が同じ場所で曲がるのを見てとって、回頭点に照準を定めたのだろう。
 そして相手の照準が定まったとき、たまたまそこを航行していたのが磐佐の艦だったというわけだ。
 要するに、運が悪かったのである。
 そこで舵の一部を破壊されたのも、すべては運だったというほかない。

 突如その場で不自然に左に回り始めたかと思うと、友の艦はその場でぴたりと動きを止めた。
「おい……アレは、何をやっているんだ」
 参謀の一人が、相嶋の脇腹をつついた。
(憶測で答えていいのかよ)
 よぎった悪態を飲み込んで、相嶋は何も答えず目をこらす。
 答えなくとも、すぐ連絡がくるはずだ。
 やがて途切れがちな信号が発せられ、舵の故障が伝達された。
「動けなくなったか……」
 戦局の展開もまだだというのに、大駒一騎を置いていくわけにもいかない。
 彼を中心に陣を組み換え、相手を包囲する指示が、今度は旗艦から電信に乗せて伝えられた。
「後続艦まで伝達できたか?」
「なんとか、いけたようです」
 副長の言葉に頷いて、再び双眼鏡を目に押しあてる。
 最後尾が動きを変えた。命令が伝達されたということなのだろう。
 しかし同時に、敵も前進を進めていた。
 ……艦数は六隻。
 ぐるりと相手の左へ回り込みながら、相嶋が賢明に目を凝らす。
 波が高い。
 書類を持って艦内を走り回る味方達が、何とも言えずひどく邪魔っ気だ。集中力が衰え、判断が鈍るような気にさせられる。
(くっそ……)
 心中で、歯噛みした。

 刹那、突如思い当たった可能性に、相嶋は背筋を凍らせた。

(あ……ああっ!)
 双眸が大きく見開かれ、左手が窓の桟を握り締めた。
 顔が窓ガラスへ近付き、吐息でガラスがわずかに曇る。
 右手が、曇ったガラスを掴むように窓へと押しつけられた。
「……そうか……」
 低く呟いて、相嶋は歯を食いしばった。
 頭を勢いよく窓に打ちつけ、即座に身をひるがえす。
 馬鹿は自分だ。何故気付かなかった。学生時代には、テストのヤマも外したことはなかったのに。
「磐佐艦長に電信送れ。あいつら今から集中攻撃受けるぞ」
 同乗する鬼面にも怯まず、相嶋は叫んだ。
 見る間に砲が回転した。舷が向き直り、水雷発射の気配が見てとれる。
 敵は、誰かを袋だたきにしようとしている。
 誰を……それは、問うまでもなかった。


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