貴様と俺とは 4

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(……――!)
 双眼鏡の向こうで何かが揺れた。
 光の反射などではない。それが証拠に、一度姿を現したその影は、段々と濃度を増している。
 咄嗟に双眼鏡を目から離して、相嶋は咄嗟に周囲を見渡した。
 艦長の気配を読んだのだろう、一人の兵員と視線が合った。
「……上でも見てるだろうな、確認してみろ。3時の方向だ」
 連絡の兵に低く囁く。そして相嶋は、そのままちらりと背後の幕僚たちを盗み見た。
『敵艦は、見張り兵員が見付けなければならない』。
 ガチガチに凝り固まった頭の持ち主たちは、おそらくそう叫び出すのだろう。
 ……――戦争は、所詮殺し合いだ。味方に配慮が必要など、馬鹿な話である。
「……チッ、めんどくせーな」
 小さく呟くと、傍に控えていた数人が小さく噴き出した。
 普段の雰囲気は、自由奔放な艦長のもと、こんなに硬く凍りついたものではない。艦の中でも、相嶋に味方する者は数知れない。
「敵艦確認! 3時の方向、距離1万2千!!」
 信号が、各艦へ向けて発信された。
「行きわたったようです!」
 素早い報告の声を聞いて、相嶋が細く息を吐き出す。
「そうか」
 遥かな海原に、すでに敵は姿を見せている。攻撃の届かない距離が、なんとももどかしい。
 こちらはすでに配置に着いて、臨戦態勢を整えている。操艦技術にも不安はなかった。
 しかし忘れてはならない。海戦は、操艦や砲戦のみで行われるものでもない。子供に高性能な武器を持たせても、小回りが利くだけでは意味がないのと同様なのだ。
(あとは、作戦だ)
 今回の戦の、唯一にして最大の難点だ。
 成功するかどうかを見たいと、専門家でもない上流階級が、勝手に立案した計画なのだろう。
 砲の特性も生かしていない作戦が、必勝を期しているわけがない。
 愚案を通した軍部も、大局における勝利の気配が濃くなったのを幸いに、一度の小競り合いくらい捨ててもいいと思っているのだろうか。
 腹立たしい。かかとで床を蹴ると、こつりと硬質な音がした。
 相嶋にとっての味方は、誰一人死んではならない、死なせるわけにはいかないものなのである。
「面舵60度、艦隊方向転換!」
(そんなもののために、味方の艦を一隻足りと、沈めてなるものか……――)


 敵戦隊の正面を突っ切るように、艦隊運動は行われた。
 相手が近付いてくる前で、悠々と横腹を見せる。クレー射撃のように、自らを動く的として、狙ってくれと言っているようなものだ。
 ……――相手は無論、即座に反応を示した。
 すぐに海原彼方から、火蓋を切る一発目が送られた。



 数発目の弾丸が思いの外近くへと着弾し、勢いを失した水雷が近くを掠めた。
 着弾点が近付いてきている。相手の照準が、いよいよ定まってきているのだろう。
「どこにきた?」
「回頭点から20といったところです」
「そうか」
 一言返して、再び相嶋は後続艦へ目を遣った。
 ちょうど5隻目が回頭を終えた。これで艦隊の半分が、敵の前を横切り終える計算だ。
 すでに味方艦からも、数発の砲弾を送っていた。しかしまだ、互いに一発の命中もない。
 後続艦が砲を撃ち鳴らしたが、轟音虚しく、敵艦から少し離れたところへ水柱が上がる。
 自艦の砲が当たらない。それが、ひどくもどかしい。
「……うあー……」
 小さく唸って背後を見たが、参謀の一人と目が合うと、相手はギラリと目を光らせた。
 先日から危険人物として睨まれているのは、百も承知していた。腹立ちまぎれに、視線を遠くへ飛ばす。
 味方の送った砲弾が、惜しい位置に水を吹き上げた。
(くそ……俺が指示した方が、絶対当たると思うんだけどなー……まとめ役なんて、不便なだけだな)
 砲術に関しては、専門家もかくやというほどの経験を積んできた。専科の水雷よりも、砲術科への移動を再三勧められたほどなのだ。
 だが本部は、脳みそが鉄で出来ているのではないかと思うほど、融通が利かなかった。柔軟性のあるメンツは、ほとんど内陸業務に回されているのだという。
 磐佐に言わせれば「それが軍隊だ」となるのだろう。だが、自他共に実戦向きではないと認める相嶋には、どうにも納得できない。
(こいつら、死にたいのか)
 それとも、艦の危機には、いち早く脱出できる地位にあるからだろうか。
 悪態を口中で噛み殺し、ともかく艦数で劣る相手を包囲すべく、相嶋は足を踏ん張った。
 取舵一杯。
 左へ舵をきれ――……左後方に位置する敵艦隊を、取り囲め。





 叫びながらも首を巡らして、磐佐の艦が舳先を廻らせるのを、相嶋は確かに見ていた。

 そして一瞬、視線をそらした瞬間であった。
 2カ所で同時に、轟音が響いた。
 途端目の前で、敵戦隊の先頭艦が、勢いよく火を吹いた。
 同時に相嶋の後ろで、斜め後ろを航行していた艦が火炎を噴き、黒煙を巻きあげた。

 被弾したのだ。

 振り向くと、味方の艦が黒煙をあげていた。

 乗っている友の顔が、脳裏に浮かんだ。


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