翌日の艦隊出撃は、拍子抜けするほどあっけなかった。作法や式典に興味のない磐佐は、ぼぅっと突っ立っていただけだ。 ……――しかし自艦が動きだし、隊が美しい縦列を組み始めると、背筋を不思議な感情が走り抜けた。 ぞっとするような、わくわくするような、今にも駆け出したいような衝動である。既に何度か体験している、これが「血が騒ぐ」というものなのだろう。 戦闘を控えたとき、磐佐はこの感覚に身を捕らわれる。そして、その衝動のままに艦に殉じていいと、いつも思う。 『犬死は、馬鹿のすることだ』と、学生時代先輩に諭されたことがあった。犬死は確かにご免だが、しかし戦闘中の犠牲ならばと、磐佐は今でも思っている。 無論、一人ひとりの命は大事だ。 しかし、常に視野は広くあらねばならない。 非常時の軍隊には、死が正しいことも、ありうるのだ。 ――彼と同じ考えを持ち、危険を賭して最期までという部下は、この艦にもいた。いやむしろ、そういう奴らばかりだ。 だからこそ、そんなにも強い精神をもった彼らを、みすみす死なせるわけにはいかない。 人に死に場所を与えるのは、そう簡単なことではない。 時は近かった。 戦場となることが予想される海域まで、半日もかからないだろう。 そのせいか、艦内は朝から異様に静まり返っている。 腕を組みぼんやり海図を眺めている磐佐の傍らへ、副艦長の植村がそっと歩み寄った。 「艦長、どうかされたんですか」 尋ねる声が、普段より低い。 「いや、ぼうっとしてただけだ。……いまからそんな深刻になってたんじゃ、あとで疲れがドッとくるぞ」 「そうなったら歳ですよ」 植村副艦長の返事は、口調こそ軽いものの、やはり低かった。 頭を掻いて苦笑いを浮かべ、磐佐がゆっくりと窓へ近付いた。 どんな海戦よりも、海が時化るほうが、よほど怖いのだが。 艦全体が息を殺しているようで、どうにも居心地が悪かった。部下は上司の鏡となる。もしかすると、この空気の理由は自分にあるのだろうか。 「……俺も今日は、バテるのが早いかもしれないな」 再び髪を掻き廻し、冗談混じりの言葉を呟いて、磐佐が植村を振り返った。 そのときだった。 嫌な光景が、眼前を走った。 割れたガラス、 被弾した艦橋、 煙の立ち込める艦内、 ――幻はすぐに消えた。 そこにあるのは当然、いつもの艦橋風景である。 しかし一瞬の悪い想像は、強く磐佐の眼の裏に焼きついて、 (……悪い予感がする) 声にならない声が、磐佐の口から洩れていた。 |