一通り笑ったのち、艦の舷際に座り上着を脱いでから、ようやく磐佐が相嶋の横顔をかえりみた。 「……で、何だって?」 「今回の作戦、反対なんだろ?」 相嶋は海へ視線を投げたまま、まるで今夜のおかずでも聞くように、軽い口調で問いかけた。 それを聞いた磐佐が、何か言おうと口を開きかけた。が、相嶋が先手を打って「軍令部がどーのこーのはなし、な」と言ってしまったために、溜息をついて青い海原へ視線を送る。 「……そうだなあ」 小さく呟いてがりがりと頭を掻きまわし、しばらく視線を泳がせたのち、ぽつりと低い声が転がり落ちた。 「個人的には……な。……危険性は、大きいと思う」 「やっぱ、そうか」 「あくまで個人的な意見だからな」 言葉を重ねる磐佐に、相嶋は口元だけで小さく笑った。 相嶋が聞きたかったのは、軍人としての心得ではない。馬鹿正直に軍令部を「信頼」する彼でも、冷静な目で見れば、やはり今回の作戦は危険と判断を下すのだ。 「お前がモノホンの馬鹿じゃなくて良かったよ」 そう言って笑顔を向ける。磐佐はさらに言葉に詰まり、手にした軍帽をくるくると回転させた。 「や……敵サンに相手に横腹を見せて、突っ切るなんてな……弱点晒すようなもんだろ。……さすがに、無茶だ……」 「全面的に同意だな。艦隊行動も何も、あったもんじゃない」 眉をしかめながら応えて、相嶋は再び視線を海原へ投げた。 『有閑階級の一部が、戦争をゲームみたいに考えているらしい』 得た情報を誰より伝えたい目の前の相手は、誰より軍部の善性を信じている。 (……あんまりだろう) そう思ってしまうのは、相嶋が同期に甘い証拠なのだろうか。 一人物思いに耽っていると、いつの間にか磐佐は立ち上がり、衣装を整えていた。そして相嶋が見上げると、軍帽を深くかぶり直しながら、軽く肩をすくめてみせた。 「……ま、どっちにしろ、俺がやることは変わんねえよ」 「ん?」 「俺は俺の信念で、軍令部に従って、作戦行動を取るさ。そういうもんだろ」 「……もしものときはどうする?」 相嶋が問いかける。 磐佐は一度言葉を切って、唇を軽く一文字に引いた。 「そうだな……そんときは、俺が、何とかしてやる。だからお前は心配すんな」 自慢げに笑う相手の言葉を聞いて、なぜかほっと安堵した。 わずかに浮かびかけた喜色を、無理矢理に抑える。代わりに、からかうような苦笑を返してやった。 「ったく、偉そうなクチきいてんじゃねーよ」 立ち上がって死装束を整え、自らも軍帽をかぶりなおした。 二人の視線の向こうには、点々と停泊する艦の影が、日の光を浴びて輝いている。 自艦へ戻る磐佐を送って、相嶋も舷門へ足を向けた。 兵員の敬礼に返礼を返しながら、大股で艦を歩く。乗員は舷門から内火艇と呼ばれる小船に乗り、艦から艦へ海上を移動する。 「あ、そうそう。こんど引っ越すことになってるんだ。で、住所変わるから、そのつもりでいてくれ」 「へえ? どこに」 相嶋の言葉に、先を行く磐佐が肩越しに振り返った。同時に磐佐のつま先が勢いよく砲を蹴り、ガンという鋭い音がした。 「っ……」 よほど痛かったのか、磐佐がその場に立ち止まった。眉を顰めて足を振っている。 「何やってんだ」と声をかけると、眉をしかめたまま「気にするな、続けろ」と返されて、相嶋は言葉に従った。 「引っ越す先は、すぐ近くだ。近い方が何かと便利だし」 「場所はもう見つかったのか?」 磐佐がこんこんとつま先で甲板を叩きながら、首を傾げて顔を上げた。 「ああ。寝るだけにはもってこいの物件だ。一人身には広すぎるけどな」 「そうか、そりゃ贅沢だな」 溜め息とともに、磐佐が再び歩きだす。あとを追って、相嶋も足を踏み出した。 「実はさ、俺も探してんだよ引越し先。荷物は少ないんだし、立って半畳、寝て一畳で十分だ」 「大体の家は、シングルにゃ広すぎるよな。俺が借りるとこも二部屋あってさ。布団と箪笥と机を置いても、まだ場所があまってる」 「そんな物件があったんか」 俺は何も聞いてねえぞ……どうなってるんだ不動産屋、とぼやいて、磐佐が帽子を深く直す。舷門に着いたのである。 艦の足もとでは、すでに内火艇が待機している。 「んじゃあ、お疲れさん」 低い声でそう言って、磐佐が腕を上げたときだった。退去の敬礼を途中で抑え、相嶋がにやりと笑い、帽子の下を覗き込んだ。 「家ったって、夜寝るだけだろ。なんなら、一緒に住むか」 ほとんど思い付きに近い。思い付きで同居を持ち掛けられる、相嶋にとって磐佐は唯一の相手と言っていい。 それだけではない。 相嶋は、二人が無事に帰ってくるのを前提に、モノを言っている。 「いいのか?」 そんな機微など知らないであろう磐佐が、少し目を見開いた。 そして相嶋が、肯定の意味を込めてにやりと笑うと、磐佐もにやりと笑みを返した。 「じゃあ、頼むわ」 |