貴様と俺とは 2

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 一通り笑ったのち、艦の舷際に座り上着を脱いでから、ようやく磐佐が相嶋の横顔をかえりみた。
「……で、何だって?」
「今回の作戦、反対なんだろ?」
 相嶋は海へ視線を投げたまま、まるで今夜のおかずでも聞くように、軽い口調で問いかけた。
 それを聞いた磐佐が、何か言おうと口を開きかけた。が、相嶋が先手を打って「軍令部がどーのこーのはなし、な」と言ってしまったために、溜息をついて青い海原へ視線を送る。
「……そうだなあ」
 小さく呟いてがりがりと頭を掻きまわし、しばらく視線を泳がせたのち、ぽつりと低い声が転がり落ちた。
「個人的には……な。……危険性は、大きいと思う」
「やっぱ、そうか」
「あくまで個人的な意見だからな」
 言葉を重ねる磐佐に、相嶋は口元だけで小さく笑った。
 相嶋が聞きたかったのは、軍人としての心得ではない。馬鹿正直に軍令部を「信頼」する彼でも、冷静な目で見れば、やはり今回の作戦は危険と判断を下すのだ。
「お前がモノホンの馬鹿じゃなくて良かったよ」
 そう言って笑顔を向ける。磐佐はさらに言葉に詰まり、手にした軍帽をくるくると回転させた。
「や……敵サンに相手に横腹を見せて、突っ切るなんてな……弱点晒すようなもんだろ。……さすがに、無茶だ……」
「全面的に同意だな。艦隊行動も何も、あったもんじゃない」
 眉をしかめながら応えて、相嶋は再び視線を海原へ投げた。
『有閑階級の一部が、戦争をゲームみたいに考えているらしい』
 得た情報を誰より伝えたい目の前の相手は、誰より軍部の善性を信じている。
(……あんまりだろう)
 そう思ってしまうのは、相嶋が同期に甘い証拠なのだろうか。
 一人物思いに耽っていると、いつの間にか磐佐は立ち上がり、衣装を整えていた。そして相嶋が見上げると、軍帽を深くかぶり直しながら、軽く肩をすくめてみせた。
「……ま、どっちにしろ、俺がやることは変わんねえよ」
「ん?」
「俺は俺の信念で、軍令部に従って、作戦行動を取るさ。そういうもんだろ」
「……もしものときはどうする?」
 相嶋が問いかける。
 磐佐は一度言葉を切って、唇を軽く一文字に引いた。
「そうだな……そんときは、俺が、何とかしてやる。だからお前は心配すんな」
 自慢げに笑う相手の言葉を聞いて、なぜかほっと安堵した。
 わずかに浮かびかけた喜色を、無理矢理に抑える。代わりに、からかうような苦笑を返してやった。
「ったく、偉そうなクチきいてんじゃねーよ」
 立ち上がって死装束を整え、自らも軍帽をかぶりなおした。
 二人の視線の向こうには、点々と停泊する艦の影が、日の光を浴びて輝いている。



 自艦へ戻る磐佐を送って、相嶋も舷門へ足を向けた。
 兵員の敬礼に返礼を返しながら、大股で艦を歩く。乗員は舷門から内火艇と呼ばれる小船に乗り、艦から艦へ海上を移動する。
「あ、そうそう。こんど引っ越すことになってるんだ。で、住所変わるから、そのつもりでいてくれ」
「へえ? どこに」
 相嶋の言葉に、先を行く磐佐が肩越しに振り返った。同時に磐佐のつま先が勢いよく砲を蹴り、ガンという鋭い音がした。
「っ……」
 よほど痛かったのか、磐佐がその場に立ち止まった。眉を顰めて足を振っている。
「何やってんだ」と声をかけると、眉をしかめたまま「気にするな、続けろ」と返されて、相嶋は言葉に従った。
「引っ越す先は、すぐ近くだ。近い方が何かと便利だし」
「場所はもう見つかったのか?」
 磐佐がこんこんとつま先で甲板を叩きながら、首を傾げて顔を上げた。
「ああ。寝るだけにはもってこいの物件だ。一人身には広すぎるけどな」
「そうか、そりゃ贅沢だな」
 溜め息とともに、磐佐が再び歩きだす。あとを追って、相嶋も足を踏み出した。
「実はさ、俺も探してんだよ引越し先。荷物は少ないんだし、立って半畳、寝て一畳で十分だ」
「大体の家は、シングルにゃ広すぎるよな。俺が借りるとこも二部屋あってさ。布団と箪笥と机を置いても、まだ場所があまってる」
「そんな物件があったんか」
 俺は何も聞いてねえぞ……どうなってるんだ不動産屋、とぼやいて、磐佐が帽子を深く直す。舷門に着いたのである。
 艦の足もとでは、すでに内火艇が待機している。
「んじゃあ、お疲れさん」
 低い声でそう言って、磐佐が腕を上げたときだった。退去の敬礼を途中で抑え、相嶋がにやりと笑い、帽子の下を覗き込んだ。
「家ったって、夜寝るだけだろ。なんなら、一緒に住むか」
 ほとんど思い付きに近い。思い付きで同居を持ち掛けられる、相嶋にとって磐佐は唯一の相手と言っていい。
 それだけではない。
 相嶋は、二人が無事に帰ってくるのを前提に、モノを言っている。
「いいのか?」
 そんな機微など知らないであろう磐佐が、少し目を見開いた。
 そして相嶋が、肯定の意味を込めてにやりと笑うと、磐佐もにやりと笑みを返した。
「じゃあ、頼むわ」


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