貴様と俺とは 1

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「なぜ、このような作戦を良しとするのですか!」
 内地で口走った一人の叫びに、軍隊機構の頂点は、苦々しげに口角をゆがめた。
「それが現在の、我が国の有り様なのだ――」





 ヘビースモーカーに長時間の禁煙はつらいと、二人の影がそそくさと外へ出た。
 潮風がすべてを優しくなびかせ、陽光に水兵達の白い作業服が反射して、少しだけ目に痛い。
「黙殺と禁煙反対! あーイライラした」
 そう言いながら上着のポケットをさぐり、相嶋が葉巻を取り出した。水雷戦隊旗艦長を務める相嶋は、まだ「青年」と呼べるほどに若い。
 たとえ小型艦でも、旗艦は戦隊の司令部を戴いている。彼は人員不足と卓上演習の実力でその場を得ているが、彼に限らず第壱水雷戦隊は、平均年齢の低い「青い」艦隊として人の口の端にのぼることが多かった。
 不満げな相嶋の言葉に、磐佐が煙草へ火を移しながら言葉を返した。
「なんでも、海軍大臣の奥さんが妊娠したらしい。大臣の実家事情に、皆で右倣えってわけだな」
「俺がむかついてるのは、禁煙じゃなくてシカトの方だ」
 相嶋が口を尖らせる。隣に立った磐佐は、煙草の箱を仕舞いながら、肩をすくめた。
「いつも言ってるだろ。意見を言おうと思うなよ。命令に従うのが仕事だろうが」
「悟ったみてーなこと言いやがって」
「俺は軍令部に、全幅の信頼を置いてるからな」
 そう言ってくつりと笑い、磐佐が深く煙を吸い込んだ。軍帽の庇の下で、赤い灯が強く光る。
 磐佐は相嶋の同期である。
 家柄と席次で上をいく相嶋が、水雷戦隊の旗艦長になった。それと同時に磐佐は、同じ戦隊の駆逐艦へと配属された。
 普通、こんな人事はなされない。すべては戦時下という、非常事態ゆえであろう。
 人員の足りなさは、学生の繰り上げ卒業を検討するほどに切羽詰まっているという。
「全幅の信頼ねー……それもどうかと思うけどな」
 この忙しいにも関わらず、軍令部の愚行は目にあまる……――しばしばそう指摘している相嶋は、この日も磐佐の言葉を聞いて、苛立たしげに鼻で笑った。
 ついでに叩きつけるような動作で、葉巻を海へと投げ捨てる。
「精神論に不祥事続きだ。お前は少し、めでたすぎる」
「そうか?」
 ぷっと煙草を海へ吐き出して、磐佐が軽く眉を上げた。
 そのまま視線を滑らせ、海上へ目をやったところを見ると、これ以上同じ話を続ける気はないらしい。
「っと……一、二、三、四……五?」
「どうした」
 ぶつぶつと数を数えはじめた磐佐に、気を取り直して目を遣ると、相手は親指で顎を擦りながら口をひん曲げていた。
「出撃すんなら、自分の隊の艦数くらい、キチンと覚えとこうかと思ってさ」
「……お前、把握してなかったのか。ま、自分の年齢も忘れるような奴だもんな……」
 磐佐の言葉を聞いて、相嶋が呆れたようにポールへ片手を掛けた。そのまま首だけ海上へ向けて、相嶋もちらりと艦の群を流し見る。
「一番沖の……お前んとこから、ぐるっとあの艦までが、うちの隊な」
「やっぱ、少ねぇよなあ……戦中だぞ。こんな時期にこんな小規模の戦隊なんて、聞いたことあるか」
「編成して二ヶ月近く、艦の数を把握してなかったヤツの台詞じゃねーな」
 顎をあげて小さく笑い、相嶋が再び海へ目を戻す。
 相嶋は、自分の記憶力には相応の信頼を置いていた。模型を使うことなくシミュレーションすることや、少ない情報から的確な予想を叩きだすことに、彼は昔から長けていた。
 演習でかつての指導教官を負かし、艦隊運動の未来の権威と目されているのを、相嶋自身も聞き知っている。
 それが実戦となると、技量で磐佐を凌ぐことはむずかしい。
 だからこそ、仲間として彼を得たら、大層心強いのだ。
(得意分野が被ってなくて良かったよ、まったく)
 しばらく黙って海を眺めていた相嶋が、唐突に身体の向きを変え、まっすぐに友人へと向きなおった。
「お前も、今回の作戦には反対なんだろ」
「……いきなりどうしたリンリン」
 返ってきた言葉に、相嶋の目が見開いた。次いで、口許が綻ぶ。
 学生時代の呼び名だ。それも磐佐だけが勝手に呼んでいた、珍妙なあだ名である。
「ははっ、懐かしい呼び方だなー、ミスターポカ」
 悪戯混じりにあだ名で返し、ついでに相手の髪を掻きまわしてやった。
 それを退けようと磐佐が身をよじり、じゃれあううちにバランスが崩れて、二人で甲板に崩れ込む。
 姿勢を整え、その場に尻餅をつく。そして二人はとうとう堪え切れないように、低く笑いだした。
 ――自覚はしていなかったが、気分は高揚していたものらしい。


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