昇降口で落ち合い、門を出てしばらく並んで歩いていたところで、ふと磐佐が振り返った。 「あ、言い忘れてた。酒代は俺が持つからな」 「へ?」 唐突な、らしくもない申し出に、相嶋がぎょっとして目を見開いた。 一方の磐佐は煙草をくわえ、両手でポケットを探っている。そしてふと顔をあげ、視線が合うと少しおどけて肩をあげ、「なぁ、ライター持ってねぇ?」と尋ねた。 「……マッチでいいか?」 「あぁ」 うなずいて差し出された手に、紙マッチをぽんと載せる。そのまま磐佐の煙草を摘まみ取り、相嶋がトットッと数歩先へ、つんのめるように歩み出た。 火をつけようとしていた煙草を奪われて、磐佐が眉間に皺をよせる。 「おい、何すんだよ」 「こっちのセリフだ。……さっきのアレといい、気持ち悪いぞお前」 「失礼な奴だな、この野郎」 振り返った相嶋の手から煙草を奪い返し、磐佐が軽く言葉を返した。 マッチを擦って煙草に火をともし、薄く吐き出された煙を避けるように、相嶋がさらに離れて相手の頭からつま先までをしげしげと眺めた。 「どういう心境の変化か知らねーが……どうせなら、俺の手持ちがないときに奢れよ」 からかいの笑いを込めて、軽く肩をすくめてみせる。すると磐佐が紙マッチを自らのポケットにおさめ、きっぱりと言い切った。 「いや。俺は今日、お前に奢っときたいんだ」 それを聞いて、今度は相嶋の眉間に、深い皺が刻まれた。 「……お前、なんか変なもんでも食ったのか?」 「例えそうだとしても、腹を壊すくらいだろ」 歩き続けていた磐佐が、隣の気配が消えたのを感じ、足を止めて振り返った。見ればいつのまにか立ち止っていた相嶋と、いやに距離が開いている。 怪訝そうな視線から逃れるように視線を飛ばし、磐佐がすこし笑って見せた。 「……上司に言われたんだよ」 「上司?」 相嶋の声に、さらなる不審の色がにじむ。 「……いや、何でもない」 磐佐が首を横へ向けて、再びふぅと深く煙を吐いた。 「それよりお前、早く結婚しろよ」 「はあぁ?」 再び彼が言い出した、その言葉に、相嶋が可能な限りに眉をしかめた。 磐佐には、まだ見合いのことは、一切話していなかったはずだった。何も知らない相手から、そんなものを催促されるなど、予想の範疇外である。顔色を読むように、相嶋が相手の面を覗き込んだ。 「なんでだよ」 「でないと、お前が生き残るようなことがあったとき、誰が喜んでくれんだよ」 視線を逃れるように、磐佐が半身をひねる。 何を言っているのか少し考え、先程の『ありがとな』との繋がりを見出した途端、相嶋の口の端に薄い笑みがのぼった。 「誰がって、最低一人くらいは心当たりがあるんだけどなー……お前は喜んでくれねーの?」 わざと回り込み、下からその顔を見上げる相嶋の顔には、にやりと笑みが浮かんでいる。煙草をとるふりをして表情を隠し、磐佐が黙って歩きだした。 「おい、どうなんだよ」 笑いながら、その後ろを追いかける。追いつきかけた瞬間、ちらりと見えた耳の赤さに、思わず笑い出しそうになった。 「……そりゃ俺だって、喜ばないわけがないだろ」 小さく吐き捨てられて、相嶋はついに声を殺し損ねて小さく吹き出した。 「そんなら、お前でいいじゃねーか」 「俺を頭数に入れんなよ」 わざとその肩に両手で飛びつき、突き飛ばすように両手をかける。立ち止ったのを良いことに思い切りぶら下がると、大きくのけぞった背が「重いっての!」と声をあげた。 「な、やっぱり酒は今度にしよーぜ」 「はん?」 鼻にかかったような磐佐の返事に、笑いを殺しきれないまま手を伸ばし、相嶋がパシパシと組んだ肩を数度叩いた。 「明日の朝に、ちょっとした用事ができてさ。だから酒はナシな。代わりに夕飯に付き合えよ」 「用事があんなら、とっとと帰って布団かぶって寝ろっての。……この駄目人間め」 小さな悪態に、相嶋が大袈裟に「やっと気付いたのか?」と驚いてみせた。 「そんなの、前からだろーが」 「……まぁな」 磐佐が答え、どちらともなくくつくつと笑いだす。そして二人の足が、再び動き出した。 |