「お……おぅ」 とりあえず頷いたが、何を話せば良いのか皆目分からなかった。 いまの相嶋には、磐佐にかけるべき言葉が見つけられない。様々な思いが、身体中をぐるぐると回っているだけである。 「……どうした? 何かあったのか?」 軽はずみなことは言えないと思うと、口調が自然と深刻さを帯びた。出てくる言葉も、伺うような曖昧なものになった。 「いや、ちょっとな」 磐佐が言葉を探すように視線を泳がせる。相嶋には言いづらいような、すぐには口にできないことなのだろうか。 もしかしたら……また何か、自分は失態を曝したのかもしれない。 自らの言葉を思い返しながら、相嶋は後ずさりたい衝動を抑えて、じっと磐佐を見詰めた。 磐佐が口を開く。 途端反射的に目を伏せて息を詰め、判決を待つ罪人のように、相嶋はひたすら相手の言葉を待った。 「その……えっと、あー……こないだは、心配してくれて、ありがとうな」 「……え?」 糾弾されるものと思っていた相嶋は、予想外の言葉に、思わず顔をあげ目を見開いた。 無神経な言動を責められこそすれ、礼を言われるような覚えはない。不審の色を顔に出し、「……俺、なにかしたっけ?」と問うてみる。 するとそれを聞いた磐佐は、途端に両肩を落としてその場に深く俯いた。 「……お前……そこは素直に頷いとけよ……。まさか、わざと言ってんじゃないだろな」 「なわけあるか! こっちはナニが何だか、サッパリ分かってねーんだよ」 窓から身体を乗り出して、「ちゃんと説明しろ」と迫る。磐佐は耳を掻き、首筋に手をやって、途方に暮れたように視線を彷徨わせた。 「だからその……こないだ、そこで会ったとき、さ」 磐佐がちらりと、窓の奥に目をやった。 視線に合わせて振り返り、相嶋も数日前を思い出した。もう何度も思い返していた、あの会話が再び耳に蘇る。自分の無神経さを糾弾されたようで、再び気分が沈みかけた。 しかしその間を与えず、磐佐の声が夜気を縫って、相嶋の耳へと届いた。 「『俺が生きててよかった』って、言っただろ、お前」 声に、少しの笑いが混じっている。 それに気付いて、相嶋がはっと磐佐の顔を見た。 「だから……その、俺が生きてんのを『よかった』って言ってくれて、ありがとな……って、コトだ」 そう言って、磐佐が照れたような笑いを浮かべた。 それを聞いた瞬間、まるで憑き物が落ちるように何かが抜けていくのを、相嶋は感じた。 「……おい、飲みに行くぞ。付き合えよ」 相嶋の言葉に、磐佐はぎょっと窓を見あげた。 「は? 今から?!」 「当たり前だろ。最近お前を見てなかったしな、今度会ったら誘おうと思ってたんだよ」 見れば相嶋は、喜色満面の笑みを浮かべている。その表情に裏のないことは、磐佐にも容易に察せられた。この妙な知り合いと、伊達に長く付き合っているわけではないのだ。 「でもさっきお前……」 先ほど「やっと一人になれた」と呟いていたのに――……一人になりたかったのではなかったのか……――? 思わずそう口に出しかけた。 しかし相嶋が、その先を遮るようにニヤリと笑って、おどけるように眉を持ち上げた。 「まだ帰るには早いだろ。もちろん付き合ってくれるよな?」 それを聞いて磐佐は、出かけた言葉を呑みこんだ。 様子がおかしかったのは確かだ。だが今の相嶋は、すっかりいつもの調子である。自分が不自然になる道理など、どこにもないではないか。 「お前に誘われて、俺が断ったことがあったか? ……急いで表にまわってこい」 そう言って顔をあげると、すでに窓の向こうに、相嶋の姿はなかった。 |