「あと一週間かー……」 綺麗だが薄暗い室内だった。 壁のカレンダーに目をやって、相嶋は深く息をついた。 来週の明日、自分は見合いの席に座っている。そして相手の女性と相対して、意味も他愛もない質問の応酬を繰り広げているのだろう。周囲は、そのまま結納に移るつもりでいるらしい。 つまりあと一週間で、独身の日々は幕を閉じる。 実感はゼロに等しかった。ただ眼の前に、予定という名の事実があるだけだ。 「……わっかんねーなぁ」 なにもかもが、分からない。 すでに身を固めている同期も、無論いないわけではない。しかし彼らの結婚は、恋情の結んだ果実なのである。果実であれば、その味は甘やかで当然だった。 しかし相嶋が待つのは、形式的な書面のサインのみなのだ。 話したことがないどころか、相手の顔も知らない。興味すらない。そんな状態で結婚しようとしている自分自身までもが、いまの相嶋には、よく分からない。 (どういうつもりなんだよ……そんなんでいいと思ってんのか?) 自分の掌をじっと見つめて、心の中で問うてみた。 その瞬間、もう何度も思い出していた先日の光景が、映画のように再び蘇った。 (簡単に考えナシになるようなお前が、気軽に結婚なんかしていいわけ?) 同期の立場に立って考えることすらできないお前が、一人の女性といつまでも暮らしていくなど、可能なことなのか。 結婚なんかよりも、いまの相嶋には、ただ磐佐と彼に言ったことのみが気掛かりだった。 「なんだかなぁ……」 再び大きく溜め息をついて、ゆっくりと立ち上がった。 見回しても、周囲には誰もいない。 ……――誰もいなくなるまで、待ったのだ。 いまは誰とも会いたくない。誰と話しても、自分の駄目さ加減を思い知らされるような、そんな気になってしまう。一人で帰れるというだけで、貴重な時間だった。 室内の明かりを消して部屋を出ると、目の前に薄暗い廊下が続いていた。冷たい空気が、不思議な安寧をもたらした。 あけっぱなしの窓から、月明かりがこぼれている。窓から空を見上げた。ここが一階でなければ、もっと景色は良かったのだろうか。 「……やっと一人になれたなー……」 思わず、吐息が漏れた。 独り言を耳にしてしまい、声を掛けていいのか逡巡した。 しかし磐佐がその場を逃げ出すより早く、煙草の香りに気付いたのだろう、相嶋がふいと視線を下にうつした。 「あ……お前……」 「……よぉ」 見つかってしまっては仕方がない。咥えていた煙草を揉み消して、磐佐がゆらりと片手を上げた。 「お前が出てくるのを待ってた」 「……待ってた?」 相嶋が目を見開く。ここで月見がてらに、おそらく二時間は時間をつぶしていたのだから、相嶋が驚くのも当然だろう。 「あぁ、ちょっと話したいことがあってさ」 そう言いながら、磐佐はちらりと相嶋の顔を窺った。相嶋は少し驚いた色を浮かべてはいたが、その顔から心中を読み取ることは、磐佐にはできなかった。 話し相手や仕事仲間の心情を察するのは、そう難しいことではない。しかし相嶋は、時折こんな顔をする。誰にも感情を読ませない性質は、意識して身につけたものではないのだろう。 一人になりたい折りに、引き止めてまで話すのは、少し気が引けた。 しかしこのまま別れても、余計なしこりが残るだけだ。 その顔からは、相嶋が磐佐の言葉をどう捕えているのか、判断することはできなかった。 「……数分だけ、時間をくれ」 いまさら遠慮をする仲でもない。 腹を決めて窓の向こうの相嶋を見上げ、磐佐がはっきりと口にした。 |