翌日渡された辞令書には、さっそく潜水訓練に赴くようにとの文字が、無機質に並んでいた。 「今のところ、甲板にいた八名のみ、生存が確認されている。……殉職者たちは、さっそく今日から引き揚げ作業にはいる」 黙って部屋を出ようとした磐佐の背中に、ふと上官が声を掛けた。 磐佐がかつてはその艦の乗員で、つい数日前までは殉職者たちとともにいたことを、慮っての言葉であるらしい。 「残念ながら、君はおそらく、葬儀には参列できない」 暗く沈んだ声音に、磐佐は無表情で振り返る。 そんなことは分かっている。 世話になった艦長や、当直士官の仲間たちの死に顔も、その葬礼に並ぶことすら許されない。それが軍隊なのだと割り切るくらいなら、いまの磐佐にも十分に可能だった。 ……というより、割り切ろうとし、思い出さないようにしていたのだ。 「……承知しています」 頷いて、相手の言葉も待たずに部屋を出る。 扉を閉めて深く息を吐き出し、磐佐は黙って書類を握りつぶした。 掌中の紙片が、ぐしゃりと低い音を立てた。 何度か深呼吸を繰り返していると、少し離れた扉の開く音がした。 (誰か、廊下に出てきたな) 突っ立っていては不自然に思われるかと、無意識に顔を上げる。 そしてそこに思いもかけず友人の姿を見つけ、唇が微かに動いた。 「……リンリン?」 「あ……?」 無意識に口から出た言葉に、相嶋が振り返った。 相嶋の動きが、一瞬静止した。そして見る間に相嶋の顔が綻ぶのが、妙にゆっくりと磐佐の目に映った。 「お前……生きてたのか!」 相嶋が、場所も構わず声を上げた。 その言葉を聞いて、磐佐の心臓が、どくりと跳ねた。 無論それに気付くはずもなく、相嶋が喜色を浮かべて駆け寄って、磐佐の両肩を引き寄せる。感触を確かめるように何度も身体を揺さぶり、腕を掴んだり擦ったりする顔は、嬉しそうであり、楽しそうだった。 突然顔を覗きこまれて、磐佐は無意識に、ふいと視線をそらした。 「さっき事故が起きたって聞いてさ、お前も死んだんじゃねーかって思ってたんだ!」 揺さぶられるがままになりながら、磐佐が黙って顔を伏せる。 不貞を責められているような、厭な鼓動が、強く肋骨を叩く。 「なんかホッとしたよ! お前運がいいんだなー」 相嶋が嬉しそうに口にする言葉の、一つひとつが、妙に痛い。 (何がそんなに嬉しいんだ?) (なんでそんなに笑ってんだ? ほとんど全員死んでんじゃねぇか) (そりゃ運はいいだろうさ) (でもな、俺ひとりだけ助かっても、嬉しくも何ともねぇんだよ) 「でも、そっかそっかー、お前生きてたんだな、よかったなー! あ、そういやさっき……」 「……よくねぇよ」 相嶋の声に、低い磐佐の声が重なった。 「え?」 驚いた相嶋が、思わず口を噤んだ。 磐佐のこの声を、相嶋は知っている。 滅多に激昂しない彼が、本気で怒っている。 「……磐佐?」 思わず相嶋が、相手の名前を呼び掛けた。 すると磐佐は弾かれたように顔をあげ、形容しがたい表情で、きっと相嶋を睨みつけた。 「よくねぇだろ、どう考えても」 本気の声だ。 怒気に満ちた瞳をまっすぐに見る。そして相嶋はすぐに、その根幹を理解した。 (あっ……――) 思い至らなかったわけではないが、失念していたのだ。彼が生きていると分かった瞬間、それ以外が、すべて脳裏から吹きとんだ。 しかし、それだけが全てではない。 磐佐は助かった。何がどうなっていたのかは知らないが、運が良かったのは事実だろう。それは逆に言えば、他の全員が死んだ現実と、背中合わせでもあったのだ。 (……しまっ……) 言葉を探すこともできず、ただ黙りこくる相嶋に、磐佐がもう一度低く呟いた。 「何が『よかった』のか、俺にはさっぱり分かんねぇよ」 そして磐佐が黙って踵を返した。 早足に去る磐佐に、かける言葉も探せないまま、相嶋は呆然とその背中を見送った。 |