備品の確認をしている最中、爆音を聞いた……――ような気がした。 「ん? いま何か聞こえたか」 「あぁ、聞こえた。訓練するなんて、貴様は聞いていたか?」 「いや、俺は聞いてないが」 磐佐は顔を上げ、進捗状況を覗きに来ていた航海長と、きょとんと顔を見合わせた。 異動してまだ数日だが、同型艦に移動したためか、仕事に馴染むのはわけがなかった。酒量をほこる磐佐はすぐ艦内に馴染み、異動直後の懇親会ではザルと聞こえた海曹を潰し、周囲の尊敬を集めた。 今では航海長やほかの艦員たちとも、気軽に言葉を交わすまでになっている。 「甲板に出てみるか。何か見えるかもしれない」 「あぁ、そうだな」 互いに頷きあって、二人は甲板上へ顔を出した。 しかし、周囲の海は静かだった。薄雲のかかった空の下、ここ数日急に冷えてきた風が、静かに吹き抜けていた。 その日の午後、磐佐は突然上司に呼び出された。 「おい水雷長、いそいで鎮守府へ顔を出せ」 「は、俺ですか」 「あぁ、お前ご指名だ。至急との命令だぞ、いったい何をやらかしたんだ」 何をやらかした覚えもないが、先日の移動について、なにか連絡事項でもあるのかもしれない。首を傾げながら衣服を整え、慌ただしく磐佐が内地へ駆けつけると、すぐに大きな部屋へと通された。 そして一歩入ると閉じ込められた、その眼前には直接口を聞いたこともないような高官が、明らかに険しい顔で待ち受けていたのだ。 やはり気付かないうちに、何かやらかしていたのだろうか。 「あぁ、もう来たのか」 「私をお呼びだと伺いましたが」 「あぁ」 険しい顔で顎を引くようにして頷き、相手は腕を持ち上げて、もっと近付くよう合図した。 「これから機密命令を下す。今朝ある艦が爆沈した。君に、事故査問委員会の救難隊長を頼みたい」 突然の言葉に、磐佐は微かに眉根を寄せた。 事故の知らせはもちろんだが、受けた言葉の唐突さに面食らったのだ。救難隊長とは、いったい何をするのだろう。 「ここに詳細が書いてある。明日また別途書類を渡すが、中を確認しながら聞いてほしい」 言いながら、相手が書類の束を差し出した。手を伸ばして受け取り、軍機印の押された表紙を捲る。 「沈んだ艦は、新型魚雷を備えていてね。それがどんなものなのか、異常を起こしているか否か……そういったことを判断するのは、君が適任だろう」 相手の言葉を聞き流しながら、磐佐がさらに紙束をめくる。 字面を一見すると救助隊のようだが、救難隊の仕事は、潜水して事故の状況を調査することにあるらしい。 含救助ともあるが、実際に潜るころには、生存者などいないに違いない。 「いまの役職をやめろというのではない。一時は艦政本部付という肩書になってもらうが、調査が終われば戻ってもらうことになる」 その言葉に安堵はしたが、しかしまだ納得がいかない部分が多々あった。まだ仕事の経験も浅い自分が、魚雷についてそこまで詳しいという保証など、どこにもないではないか。 そう問おうとして、ふと磐佐は書類に目を落とし、そこに信じがたい艦名を見た。 「……この艦は」 覚えがあった。 それも当然である。 つい先日まで、磐佐が乗っていた艦だ。 新式魚雷には頭の柔らかい新人がいいだろうと、経験の浅い磐佐が配属されたのが、半年前だった。その後半年で移動になり、磐佐は現在の艦へと移ったのだ。 ようやく、先ほどの台詞が理解できた。 沈んだのは、磐佐が先日まで乗っていた艦だ。 磐佐は艦内を誰より識っていて、その扱いも一通り把握している。 だからこそ、海底の艦の異常を発見できるのではないかと、この仕事を頼まれたのだ。 「辛いかもしれんが、仲間の無念を晴らすためにも、しっかり調査して欲しい」 『生存者ノ存在ハ絶望的』 見たくもない文字が目に入って、思わず磐佐は顔を背けた。 ふと、かつての自艦を思い出した。 歩きなれた甲板、扱いなれた機械や備品、顔馴染みの水兵や世話になった上司たちの顔が、走馬灯のように脳裏に過った。 |