逆行的成功例

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 数少ない失敗例だったのだと、相嶋が四本の指で、額をごしごしとこすった。
「うんまぁ、そういう女だって解ってるから声掛けたんだけどなー」
「そうかそうか」
 そう言って、磐佐が相嶋の隣へ座る。
 カチャカチャと甲高い音が聞こえる。何か持っているのだろうか。
 うなだれていた顔を上げようとすると、不意に背中をぽんぽんと二度叩かれた。暖かさにほっとして顔を上げるのをやめ、そのまま抱えた両膝に顔を埋めた。
「気にすんな」
「……あぁ」
 小さな声で答えると、再び磐佐が肩を叩いてくれる。少し身体を傾がせて、相嶋は達磨のような姿勢のまま、磐佐の肩にこめかみを押しつけた。
 じつは相嶋は、それほど落ち込んでいたわけでもなかった。たかが、女を一人誘うのに失敗したくらいである。
 ただ「落ち込めば落ち込むほど気にかけてもらえるなら、それも悪くない」、そう思ってしまったのである。
 結果はこの通り、「あ、そ」の一言で片付けられるだろうという相嶋の予想を、大きく裏切った。
「一晩、お前の気がすむまで付き合ってやるって。気ぃ落とすなよ」
 磐佐の声が、肩から直接頭に響く。アルコールが微かに香る。
 慰めようとしているのだろうか。
 相嶋が小さく笑みを刷く。
「あーぁ……誰か気の利いたヤツはいねーかなー……」
 膝からわずかに顔をあげて、相嶋は小さな声で呟いてみた。
「誰か気の利いたヤツが、お姉さんとかそのへんを紹介してくれるといいなぁ」
「……いねぇだろうな」
 磐佐が猪口を片手に、どこか遠くを眺めやった。
 彼には年の離れた姉が二人いる。男として尻に敷かれ続けて、おかげでいまだに女性に対しての苦手意識が消えていないことを、相嶋は先刻承知している。
「世間は冷たいな……」
 こめかみで軽く磐佐の肩を小突く。すると肩が、小さく揺れた。
「そうでもねぇだろ」
「ん?」
「ほらよ」
 顔を上げると、磐佐が笑って猪口を差し出している。
 先程の音は、熱燗の徳利がぶつかっていたようである。
「今日はお前のペースに合わせてやる」
 酒豪と定評のある男の言葉に、相嶋も笑って、指を伸ばして猪口を受け取った。
「おぅ、酒量は覚悟しとけ」


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