「……女に聞かれたら殴られるぞ」 「身体の関係なんて、性欲を発散する手段に過ぎねーんだよ」 そう言い捨てた相嶋に、忠告がてら釘を刺す。すると彼は、冷めた目付きで煙草の灰を落しながら、深々と溜め息を吐き出した。 「お前は馬鹿か。寝るごとに、好きだの惚れたのなんて言ってられっかよ」 「そんなんじゃ、楽しくも面白くもないんじゃねぇか」 そう言う磐佐の口の端にも、苦い笑みが浮かぶ。 彼相手に情緒を語るのも、考えてみれば馬鹿らしい。それに自分とて、他人のことを言えるほど立派な貞操観念を持っているわけでもない。 そんな磐佐の心中を察したのだろう、相嶋がたたみこむように言葉を続ける。 「どうせ肉欲だろう。煎じ詰めれば本能でしかない。それを感情と混同するなんて、愚の骨頂だな」 「あぁそうかよ」 だんだんと話すのが面倒になってきた。軽く聞き流すと、相嶋もそれ以上話す気はないらしく、煙草をくわえて口を噤んだ。 彼の女性関係は、仲間内でもずば抜けて丁寧で、そのくせ荒かった。 一人ひとりを忘れない几帳面さを持つ反面、数も多い。そのため、こじれ方も人並みではない。しかも、それがもとで刺されても、懲りる気配はまったくない。 「もっと上手に立ち回るべきだった」――そう聞いたときと同じ感想が、溜め息になって、磐佐の口から吐き出された。 (もっと違う反省の仕方もあるだろが) そこまで考えた。 ……そこで、思考がくるりと一回転した。 「じゃぁ、お前が好きになる奴って、どんな相手なんだろうなぁ」 気付けば、言葉がそのまま口から漏れていた。別に構うことでもないだろう。 言ってみれば彼は、心の結び付きであるとか、打算や裏のない関係であるとか、そういったものを好まない。――というより、信じていない。同職を相手にしてすら、相嶋は心の内を悟らせまいとするのだ。今でこそ大半は察すことができる磐佐だが、それでも全部は分からない。 そんな彼が心を許すとしたら、どんな女性だろうか。そして彼はいったいどんな顔をして、その胸の内を打ち明けるのだろう。むずがゆいような手紙を何度も何度も書き、暇があれば自分から会いに通い、優しく睦言を囁くのだろうか。 想像すると……かなり笑えた。 だからこそ、想像はそこで無理矢理打ち切った。 「本っ当に……いま、相手いねぇのか?」 「いるわけねーだろ」 ひどくあっさりと帰ってくる即答に、少しばかり落胆する。相手がいる身で「好きだの惚れたのと言っていられない」では多少問題だが、ともかく相手がいたほうが面白いのは言うまでもない。 「じゃぁ万が一相手ができたら、絶対紹介しろよ」 そう言って取りだした自分の煙草を突きつけると、相嶋は物言いたげな表情で、ちらりと磐佐へ目を遣った。 「えー……言ったら、何かあるのか?」 「じゃぁ……よし、お前の死後は引き受けてやるから」 手を出すと言っているのではない。生活の面倒を見るだけだ。そう付け足すと、再び相嶋が意味ありげに視線を寄こし、小さな笑みを浮かべて煙草を揉み消した。 「……まぁお前なら、信頼できるよな」 「そりゃどうも」 一応喜んでいいのだろう。 礼を返すと相嶋は笑って、二本目の煙草をくわえて燐寸を取りだした。 「じゃ、もし相手ができたら、真っ先に報告するよ」 差し出された火に、磐佐がくわえ煙草を近付ける。ちりっと小さな音がして、白い紙の先が赤く光った。 「おう、よろしくな」 そう答えて磐佐は煙を吐き出し、今度こそ存分に睦言を述べる相嶋に思いを馳せるべく、その顔へ視線を注いだ。 「なんだ、人の顔をジロジロ見やがって」 「……駄目だ、想像がつかん」 |