変な奴

Back - Index - Next



 同期の相嶋が、満面の笑みを浮かべて近付いてくるのに気づき、磐佐は思わず視線をそらした。
 彼が自分から人に近寄る稀少さに、不穏なものを感じたのである。
 笑顔でまっすぐ並み寄ってきた相嶋は、磐佐の隣に落ちつくと、しばらくは何も言わずに正面を見つめていた。
 普段から磐佐は、特定個人との付き合いを深めるのを避けていた。広く浅くが彼のやり方だ。一緒に出掛けたりだの、いつもつるんだりだの、特に親しい付き合いをしている相手はいない。
 あえて言うなら相嶋は、一番の悪戯仲間といったところだ。
 おかげでこんなことがあると、正直なところ、どうしていいか分からなくなる。
(なんか用がある……わけじゃない、みたいだしな……)
 それでも、先に沈黙に耐えられなくなったのは、自分から近付いてきたはずの相嶋の方であったらしい。
「あんまり話さないよな、部屋も何もかも一緒なのにさ」
 突然そんなことを言われて、磐佐は初めて首をめぐらせ、目をぱちぱちと瞬かせた。
「え?」
「だから俺ら、あんまり話してないだろ」
「……あぁ」
 相嶋の言葉で、ふと思い出した。
 入学当初の磐佐は、彼に反感を抱いていた。嫌な奴だと思っていたために、口を聞こうともしなかった。その感情は相嶋にも筒抜けだったようで、互いに敵意を抱いていたのは本当だ。
 それでも、いまではむしろ好意を抱いている。彼をそこまで嫌な人間だとは感じない、むしろ面白い奴だと思っているのである。
「……嫌だから話さないってわけじゃないからな?」
 怪訝な顔で強調すると、相嶋はなぜかくすりと笑い、分かっていると頷いた。
「だから気になるんだよ。お前とは、長く付き合っていきたいからさ」
「まぁ同期だし、長い付き合いにゃなるだろうけど」
 相嶋の言葉の真意が読めず、首を傾げて言葉を返す。相嶋としても、その真意を伝える気は端からなかったようで、磐佐の言葉に軽く「だろ?」と肩を竦めただけだった。
「……でも、そんなに話してなかったっけ?」
 なんとなく口をついて出た言葉に、相嶋がこくりと頷いた。
「あぁ。お前、なんの話にも乗ってこないだろ。だから磐佐の話だけは、滅多に聞けないんだよな」
「いや、でもちゃんと聞いてはいるだろ。基本的にはお前と同じだ」
 相嶋は、あたかも磐佐だけが、特別寡黙であるかのような言い方をする。
 しかし磐佐は知っている。人のことをとやかく言うが、相嶋本人も普段は聞き役で、あまり自分のことを話さない。違うとすれば、相嶋は話を聞きだしたり、相槌をうつのが上手い。それで、聞き役の印象が薄れているだけだ。
「気付いてないと思うなよ。……それに俺だって、たまには話すさ。実際、いま話してる」
 そう言うと、なぜか相嶋が真顔に戻った。そして何かを考え、一通り眉をしかめたり首を傾げたりと百面相をしてから、再び歯を見せて笑った。
「まぁそーだな。じゃ、また話してくれよ」
「他人行儀だな。わざわざ言わなくても、話すときは話すぞ」
「そうかー? じゃぁ今度、一緒に出掛けようぜ。二人でさ」
 そう言って、相嶋は一度ぽんと肩に手を掛け、体を翻した。
 仲間と待ち合わせをしていたらしい。数人の人影が、相嶋を待っている。
 目が合い、彼らと手を振りながら、磐佐はぼうっと考えた。
(あの相嶋が、あんな私用で話しかけてくるのって、結構珍しいな)
 要するに、たまには磐佐とも話してみようと、そういうことだったのだろう。しかし交友関係の豊かな彼が、一体何だって自分に白羽の矢を立てたのだろうか。
 彼の真意が一から十までさっぱり分からず、磐佐は首をひねって手を組んだ。
(……変な奴)


Back - Index - Next




@陸に砲台 海に艦