――明日から春休みである。 「……結局、試験なかったな」 なけなしの荷物を鞄に詰め込む背中へ、相嶋が低く声をかけた。 「あん?」 「だから試験だよ試験。結局それらしいのは、全然なかったよな」 あれから何事もなく、数週間が経っていた。 当然ながら、期末試験らしいものはあった。しかし現在までのところ、酷い点数に学年全員で拳骨をくらった以外、なにも起きていない。 何十人も殴る方が大変だろうとぼんやり考えていたところで、パンパンの鞄を閉めようと奮闘していた磐佐が振り返った。 「試験?」 「そう、試験…………え、不穏な噂あっただろ?」 そう言ってみたが、磐佐が何かを思い出した様子はない。きょとんとした顔を見て、相嶋は思わず口をぽかんと開けた。 「……お前の頭は、ザルか何かなのか? それとも拳骨の当たりどころが悪かったか?」 険を含めずに言葉を交わすようになったのも、ここ数週間のことである。しかし、あるべき礼は最初に失い尽くした。 「あぁ……あんな点数、もう忘れさせてくれ」 「……そこじゃないって言っても、通じねーんだろうな」 小さく笑って立ち上がり、軽く頭を小突く。 「なんだよ」 「痛かねーだろ」 笑って言い捨て、部屋を出た。 背後で留め具の壊れる音が聞こえ、何かが床に落ち、続いて低い呻きが背中に追ってきた。 彼の同期は、まったく面白い奴らしい。 試験の噂が、実は一つ上級の者たちによる、意図的なデマ情報だったこと……――彼らがこの真実を知るのは、十年以上も先の話になる。 |