生徒達 7

Back - Index - Next



 慣れた手つきでさんざんその辺りを荒らしまわり、ふと思いついて手近な引き出しを開けたときだった。廊下の向こうで、再び不穏な音が聞こえた。
 コツリ。
 硬質な音だった。足音だろうか。勘違いかもしれない。
「……いまの、聞こえたか」
 磐佐が振り返った。彼の耳にも届いたのだ。黙ったまま、相嶋がこくりと頷いた。二人の視線が絡む。

 互いに、同時に聞いたのだ。勘違いではないようだった。

 廊下の向こうから、再び誰かが近付いてきている。
 二人が動きを止める。閉めた扉を通して、微かに教官たちの話し声が聞こえた。先ほど相嶋が遭遇しかけた二人、それからもう一人。おそらく、最初にやりすごした相手だろう。校内を巡っていた三人が、そこに集っているらしい。
「……それで、先ほども不穏な音がしたんですよ」
「そりゃぁいけませんなァ」
「巨大なねずみでも入りこんだんでしょうか?」
 再び、二人の視線が絡んだ。
 見つかったか?
 目で問うてくる磐佐に、相嶋が今度は首を横に振る。まだ、自分達が見つかったと決まったわけではない。盛大な音を立てて逃げるには、少し早い。何とか平穏にここから姿を消すのが最上策だろう。
 扉へちらりと視線を送る。「向こうにバレないように、だが早く逃げた方がいい」。
 相嶋の言いたいことが分かったのか、磐佐が小さく舌打ちをした。
「チッ、さすが現職だよな」
「だな、察しがいいわ」
「脱いで逃げるか?」
 冗談なのか本気なのか、いまいち掴めない言葉を聞いて、相嶋が眉根に深いしわを寄せた。
「抜かせ」
「……そもそもお前が言い出したんだろ」
 磐佐のぼやきは、すでに聞いていない。音を立てないように引き出しをしまい、動かしたものを戻して、辺りに手を付けた痕跡を隠滅した。
「窓は?」
「……駄目だ、こっちは壊れてる」
 鋭く問うと、微かに木材が軋む音で返事を返した。続いて磐佐が苦々しげに、一番近い窓から手を離す。
 他の窓はと目をやるが、置き物が邪魔になって、静かに通り抜けられそうにはない。すべてを退けてまた戻すには、時間が足りない。
「……退学か?」
 磐佐が小さく呟いた。もう捕まる気でいるのかと、相嶋が苦笑気味に息を吐き出した。
「……しゃーねぇな。さっき助けられたし、これで貸し借りなしだぞ」
「貸し借り?」
 怪訝そうな磐佐に構わず、相嶋は自らのポケットを探った。
 ……あった。
 取り出した針金を床に押し付け、先を僅かに曲げる。
 辺りを見回し、傍らの手ごろなロッカーに目を付けた。人ひとり悠に入れるだけの大きさがある。軽くノックして微かな音の響きを確かめた。物もあまり入っていないようだ。使える。
「これでいいか」
 口の中で小さく呟いて、相嶋が針金を鍵穴へ差し込んだ。右に、左に、細かく動かしてみる。手ごたえがあった。いけそうだ。
 廊下の向こうからは、確実に足音が近付いてきている。
「いませんねぇ」
「ネズミなら、目につきそうなものですが」
「教官室ですかね?」
「一応見てみますかぁ」
 声がだんだんと近付いてくる。
 磐佐がちらりと相嶋の手元へ目をやった。相嶋が何をしているのか、今一つ掴めていないようである。
「……おいボンボン、あとは俺がごまかしてやるから、お前だけでも逃げろよ」
「ボンボン言うな、カッコつけやがって。……くそ、上手くいかねぇな」
「じゃぁリンリンでいいな。……お前なら、多めに見てもらえるだろ」
 学年主席、家柄もいい。そんな特権をいまこそ使えばいいと、磐佐が提案した。厭味ではない。心の底からそう思っているのだ。
「馬鹿かお前、なんつー呼び方だ」
 相嶋が低く呟いた。
 同時に、扉にはめ込まれた擦りガラスの向こうに、人影が動いた。


Back - Index - Next




@陸に砲台 海に艦