生徒達 4

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 明日には支障が出ないようにしたかった。かといって、決行時間が早すぎては、見つかる可能性が高い。
 就寝の号令が掛かってから数時間仮睡眠をとった。そのうえで、さらに相嶋は息を殺して、時の過ぎるのを待った。
 その間にも、頭の中で状況予見することは忘れなかった。学内は頭に入っている。昼のあいだには、下見もしておいたのだ。
(部屋を出る瞬間から、勝負だ……)
 同じ部屋には、それなりの人数がいる。彼らを起こさないよう、慎重に慎重を重ねなければならない。少しの物音が命取りになる。
 必要になりそうな物品は、まとめてベッドの足もとに隠してある。我ながら賢い方法だった。
 部屋を出れば、あとは時間との勝負だ。足音を鑑みれば、靴を持ち出すわけにはいかない。
(……まぁ、その方がいいよな)
 靴では自由が利きにくい。裸足の方が、何かと便が良いだろう。
 これなら下準備は完璧だ。
 暗闇の中で目を閉じて、周囲の空気を窺った。

 ……――大丈夫だ。

 時計の長針が音を立てた。

 決心すると早かった。
 静かに毛布を抜け出し、ベッドの足もとの包みを取って、中身をポケットへつめた。腰を低め、大股にベッドの合間を縫う。
 廊下に出る直前に、両足に一枚ずつ手拭いを巻いた。裸足の微かな足音を殺し、同時に余計な怪我をしないための方法だ。
 靴下の洗濯が無駄に増えれば、他人の目にもつきやすい。こういうとき、私物の持ち込み禁止が悔しい。
 息を止め、廊下に物音がしないのを確認して、気配を殺し廊下に滑りでた。後ろ手に扉を閉めると、静けさが耳に染みた。
 そして相嶋は、自ら定めた第一通過点へ向けて駈け出した。

 わずかな駆け足で息を乱すようなことはない。正規の扉を使うのは危険だと見て、廊下の窓から庭へ飛び降りた。
 教官室は、すぐに視界に入った。しばらくその場にうずくまり、街灯の灯りで目を慣らす。同時に、再びその場で簡易に指差し確認を行った。通る場所、鍵、いざというときの隠れ場所。
 大丈夫だ。
「……問題ない」
 口の中で、その言葉を噛み締めた。
 音を立てないように上着を脱いで、上半身を夜気に晒した。真白い寝間着よりは日焼けした素肌の方が闇に紛れやすいだろうと思ったのである。見つかったときの羞恥は倍になるだろうが、背に腹は代えられない。
 袖をベルトのように腰に巻いて、強く結んだ。
 そして身体を一層低め、相嶋は這うように教官室の前を横切る廊下へと近づいた。
 棟を見回し、侵入できる場所を探す。
 心臓の音がやけにうるさい。
 目標の教室も、教員の巣窟も、いまや目と鼻の先だ。昼間に駆ければ数秒の距離が、数分にまで引き延ばされている。嫌でも焦りが滲む。
 入れる場所はない。ならば、どこかの窓を開けて、そこから侵入するほかない。
(よし)
 一つ頷いて拳を握り、辺りを見回した。

 ちらりと視線が過った窓下に、人影を見たのは、まさにその時だった。

 咄嗟に相嶋は腰を低くして、前方に目を据えた。
 暗くてよく分からない。人影が振り返れば、自分の姿は確実に視界に入る。動かなければ、置物と思われるだろうか。微妙なところだ。
(誰だ……何をしている?)
 相嶋が目を遣ったからといって、人影が動けなくなるわけでもない。だが、視線を逸らすことが出来ない。窓から侵入しようとすれば、僅かな物音でも、きっと人影は振り返るだろう。
 烹炊員だろうか。それならいっそのこと背後から襲って、一時的にでも眠ってもらうのが得策だ。
 腹を決めて肘を構え、相嶋がそろりと人影に歩み寄った。……そのとき、ふと嫌な想像が胸をよぎった。
 ……教員だったらどうする?
 それでなくとも、それなりの腕を持つ相手だったら?
 生徒の肘鉄一つで気を失うものだろうか。見つかったらその場でお終いだ。……それならばいっそ、一目散に逃げる準備をしておくべきかもしれない。
 見つからないに越したことはないと、相嶋が再び後退しかけた。
 同時に「誰か」が振り向いた。


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