生徒達 2

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 基準点以下落第ならまだしも、退学措置を取ったのでは、誰より学校側が、困ることになりはしないか。
 その場の面々をずらりと見比べる。そして、相嶋が軽く眉を上げた。
「……この中で、試験に受かる自信があるヤツはいるか?」
「無理」
「俺も無理」
 積極的に、消極性にあふれた返答があがる。それを聞いて、相嶋は微かに肩をすくめた。
「だろーな、俺も無理だ。全範囲なんて、やる気も出ねーし」
 それを聞いて、その場の面々が肩を落とす。
「お前が無理なのに、誰が受かるかよ……」
 俯いた誰かが、低くこぼした。

 その言葉も道理だった。
 相嶋は入校以来、持ち前の勘の良さのみで、学年主席の座を保ち続けているのだ。実質的にドングリが背くらべをしているのは、否めない事実だが。
 相嶋に言わせれば、ヤマを当てるのは、難しいことではなかった。
 教官の口調で、簡単に察することができた。相手が何を出題したいのか、何を問うているのか。昔から、相手の口調の裏を読み、感情を探るのに長けていた。それこそ、彼の出自が強く影響しているのだろう。
 しかし今回は条件が違った。
 ヤマを張るにも、範囲が広すぎる。さらに問題量が多い。となると、それはヤマと言うより滔々たる尾根が続くようなものだ。相嶋のヤマ勘にも、当然のことながら限界はある。
 もちろんやる気があれば、尾根を当てることもできるだろう。それをしないのが、この学年の特徴なのである。
 主席が匙を投げた。それなのに、誰が試験を突破できるというのか。――そしてそれ以上に、誰がやる気を出すというのか。
「学年全員で、退学ってことか……」
 その場に、暗い雰囲気が漂った。
 眉根に皺を寄せているもの、つま先をじっと見つめているもの、何度も荷物を持ちかえ、動揺を隠せないもの。
 一度そんな彼らの顔を見回してから、相嶋はおもむろに両腕を組んだ。
「……でも、このまんまってわけにも、いかねーよな」
 最後は行動力がものをいう。
「せめて悪足掻きくらいは、やっとこうじゃねーの」
 それに、もしかしたら。
(何とか、なるかもしれねー)



 週末だったのは幸いだった。その日の午後には、同期全員が小さな空き地に集合した。四十名を超す大所帯だ。
 号令を掛けたわけではない。だが、不安要素を抱えた生徒達は、一人また一人と自然に寄り集まってきた。
 仲間に引っ張られる形で集ったものも数人いるようだが、結局その場に全員いるあたり、脱力にこそ力を注ぐ学年色がよく出ている。
 議題は集まった時点ですでに決まっていた。
「問題とか、事前に知れないかな」
 相嶋の呟きが引き金になったのは、言うまでもない。そしてそれを皮切りに、集った生徒達の間で、侃々諤々意見が飛び交い始めた。
「無理だろそんなの」
「無理でも何でも、やるしかねぇだろ?」
「でも出題者が落第者決めるんだぞ、問題なんか教えてもらえるわけねぇって」
「いや、先輩に聞いてみるってテがあるぞ」
「お前、教えてもらえると思ってんのか」
「誰か伝手のあるやつは?」
 集まった一人の口から、問いが発せられた。全員が視線を逸らす。
 初年次には各々一人ずつ、各人の面倒をみる担当生徒が決められる。その上級生から問題を教えてもらえそうな者は、どうやら見当たらない。
 娑婆気を抜くと言う意味で、入学したての生徒は、上級生から散々にしごかれるのだ。どの上級生も一度は拳を振り上げているだろう。それに、この中で一度も拳を食らったことがないものなど、一人もいない。
 そんな相手に、おめおめと試験問題を聞きになどいけるものか。甘えるなと殴り飛ばされるのが落ちである。
「……じゃぁやっぱ、見に行くしかねぇか」
 そもそも相嶋は最初から、他の方法など考えてはいなかった。
 試験問題を覗き見る以外に、打つことのできる確実な手はない。試験が行われると聞いてから、ずっとそればかり考えていたのだ。
 正攻法での勝ち目はない。
 上級生に頼ることも考えたが、これも恐らく無理だ。一年前の試験の内容など、覚えている筈がない。もし覚えていたとしても、過去一年ぽっきりの試験問題が何の参考になるとも思えない。
 ならば試験問題そのものを、受験に先んじて手に入れるしかない。
「……確かにな」
「他に方法はないし」
 相嶋の言葉に、ぽつりぽつりと声が上がる。
「じゃぁ、誰が行くかだな」
 周囲は再び議論を渦巻かせている。だが口論に近い話し合いでは、決まるわけがない。皆気が立っているのだろう。
 誰かの呟きを聞きながら、再び相嶋は思考の海に身を沈めた。

 ……――深夜に部屋を抜け出して、支障の少なそうな部屋の者。
 部屋の場所は、抜け出しやすい場所にあるか。
 いざというときに、機転が利くかどうか。
 先生に見つかっても逃げ切るだけの敏捷性と健脚を、持っているか否か……――。

 相嶋の気配を察したのか、いつの間にか同期達はしんとしていた。誰かが指名されるのを待っている。
 家柄のせいか、それとも学業成績が芳しいためなのか。ともかく学年全体が自分に頼っているのを感じて、相嶋が周囲をゆっくりと見回す。
「じゃぁ……」
 あたりを見回して、自分の眼鏡に適うものはと、相嶋が見定めようとした。
 その時だった。
 それまで黙って話を聞いていた一人が、手を挙げて、低い声ではっきりと口にしたのは。

「俺が行く」

 振り返ると、最初に彼に情報を齎した相手が、無表情に片手を挙げていた。


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