同じく包ヶ浦に集結した次男の吉川元春は、その本陣に先駆ける予定である。こちらはすでに、先鋒として陣立てを調えていた。はるか新庄の山地から駆け付けた、その陣は八百余といかにも少ない。しかし戦上手の元春には、むしろ丁度よい手駒であろう。 兜の緒を結び直し、わずかの食料を手にした元春が、黒々とした山を見上げた。隣に立った兄の隆元が、ちらりと横顔に視線を送ってきたのを感じ、頬がちりちりと焦げるように痺れた。 「我ら吉川勢は、これから島の反対側を目指し、陶の背後にまわります」 「あぁ。我ら本陣は博奕尾を越えて、まっすぐに陶晴賢を奇襲する。父上も仰ったな、陶晴賢を逃がすわけにはいかぬと。討ち取らねば、我らの勝利はない、と」 そう応えて、隆元が再びじっと、元春の横顔を見た。 「くれぐれも、無理はしてくれるな」 意味は、分かっている。これからその首級をあげなければならない陶晴賢は、かつて自分と義兄弟の契りを交わした仲なのである。 (私に気を遣っておられるのか、兄上は……) 何か言いたげな視線に、元春は苦笑を浮かべて、隣に立つ兄に視線を転じた。 「……隆元兄上、私の武勇を知らぬわけではありますまい。心配せずとも、討ち漏らしたりはしませぬ」 「そうか……くれぐれも、無茶はせぬようにな」 それでもどこか曇りを拭えぬ様子で、隆元が頷いた。 優しすぎるのだ、この兄は。そう思い、元春は眉根を曇らす。 隆元は元服までのしばらくを、大内の手元で過ごした。陶晴賢も、陶晴賢が弑した大内義隆も、隆元にとっては世話になった人々である。 此度の戦はそもそもが、陶晴賢の反逆によって始まった。一番つらい立場に立たされているのは、まさにその隆元本人であろうに。 隆元本人が何を思おうと、最終的には毛利の家が優先される。それが戦国の世であり、一代で影響力を強めた父元就のやり方なのだ。 「……万一のことなど、ございませぬよう」 言葉を使うのは、得意でない。 しばらく言葉を探したが、元春は結局こう続けるにとどめた。 「帰ったら、甥を抱かせて下さいね」 「……分かった」 兄の顔に浮かんだ苦笑からすれば、元春の思考は読まれていたに違いない。 しかし、苦笑といえど口角が緩んだ事実に安堵して、元春もにこりと笑みを返した。 |