第十四章 包ヶ浦 −4−

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 後継ぎの隆元まで渡ってきているのだ。その二人の退路を断つわけにはいかない。元就の婿である穴戸隆家と、重臣仲間の桂元澄にもさんざん言い含められてきたのだ。何があろうと、元就と隆元を絶対に帰すと。
「大殿の我儘は、どうにかならぬものか……」
 思わず呟くと、それを傍で耳ざとく聞きつけた山県成相が歩み寄って、「どうかなされましたか」と小さな声で尋ねてきた。
「それがな……かくかくしかじかで」
 ……――まったく、大殿にも困ったものじゃ。
 そう締めくくり、大きく溜め息をつく。大将の退路を断てと言われてあっさり頷くほどの不忠義者ではないつもりだ。
 すると山県成相はにこりと笑い、「大殿とて、そこまで聞き分けのないことはないでしょう」と肩をすくめた。
「言い方が悪いのですよ。ちゃんと説明すれば、大殿とて分かってくれましょう」
「そう思うなら、お主が説得に行けばよかろう」
 投げやりに答えて、児玉就方が踵を返す。山県成相が再び肩をすくめて元就に歩み寄るのを後ろに、児玉就方はさっさと船頭を呼び寄せ、「大殿に見つからぬよう、御座舟を岩かげに隠せ」と命じた。
 やがて山県成相が、ぐったりとした表情で返ってくるころには、児玉就方はすでに船を地御前へ返すよう伝達を終えていた。
「……大殿、なかなか頑固でいらっしゃる。あれは年のせいでしょうか」
「分かっておったことじゃ」
 児玉就方が沖を指差し、ひっそりと船をこぎ出すよう指示を出した。沖へ出て、いっせいに篝火をともせと命じたのだ。味方に退路を断ったことを伝え、覚悟を促すためである。
 その向こうでは元就が、博奕尾越えの体力を保つため、濡らした手拭いを携行しろと指示を出していた。

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