「船奉行はお主だったな」 「大殿、どうかなされましたか」 「すぐに、すべての船を向こうへ返せ」 「……はっ?」 元就の突然の言葉に、児玉就方が瞬間、言葉を失った。目を瞬かせて相手をじっと見つめる。己の耳は、もう幻聴を聞くようになってしまったものか……それとも先程の言葉は、間違いなく元就の本心であるのだろうか。 「すべて……でござりまするか?」 「すべてじゃ」 元就が深く頷く。その目は海の向こうで揺れている、たくさんの篝火に注がれている。 そこには、桂元澄が番をはっているはずであった。陶軍が毛利の動きを悟らぬために、地御前に人の気配を絶やさないよう命令を受けた彼が、いまだもって篝火を絶やしていないのだ。 そこへ船を返すということは、正しく退路を断つということだ。 「そんな……大殿、お考え直しくだされませぬか!」 「お主がそう言うて、あっさり考え直すわしじゃと思うておるのか」 「せめて御座舟はお残し下さい! こればかりは、あっさり頷くわけにはまいりませぬ!」 面白そうに笑う元就を、児玉就方が必死の声で説いた。しかし返ってくる返事はにべもない。 「御座舟をこそ真っ先に返せ。大将が逃げる用意をするわけには、いかぬであろう」 「ですが……」 「さぁ。先陣の元春らが出発するまえに、船を返してしまうのじゃ」 元就はどうやら、聞きいれる気がない。 しぶしぶ頷き配下の元に戻ったが、今の児玉就方には、溜め息しか出なかった。 |