第十四章 包ヶ浦 −3−

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 ――再び風が吹き始めた。山の木々がざわざわと鳴っている。その音のかげに、元就が呼ぶのを聞き、児玉就方が足早にその脇へと歩み寄った。
「船奉行はお主だったな」
「大殿、どうかなされましたか」
「すぐに、すべての船を向こうへ返せ」
「……はっ?」
 元就の突然の言葉に、児玉就方が瞬間、言葉を失った。目を瞬かせて相手をじっと見つめる。己の耳は、もう幻聴を聞くようになってしまったものか……それとも先程の言葉は、間違いなく元就の本心であるのだろうか。
「すべて……でござりまするか?」
「すべてじゃ」
 元就が深く頷く。その目は海の向こうで揺れている、たくさんの篝火に注がれている。
 そこには、桂元澄が番をはっているはずであった。陶軍が毛利の動きを悟らぬために、地御前に人の気配を絶やさないよう命令を受けた彼が、いまだもって篝火を絶やしていないのだ。
 そこへ船を返すということは、正しく退路を断つということだ。
「そんな……大殿、お考え直しくだされませぬか!」
「お主がそう言うて、あっさり考え直すわしじゃと思うておるのか」
「せめて御座舟はお残し下さい! こればかりは、あっさり頷くわけにはまいりませぬ!」
 面白そうに笑う元就を、児玉就方が必死の声で説いた。しかし返ってくる返事はにべもない。
「御座舟をこそ真っ先に返せ。大将が逃げる用意をするわけには、いかぬであろう」
「ですが……」
「さぁ。先陣の元春らが出発するまえに、船を返してしまうのじゃ」
 元就はどうやら、聞きいれる気がない。
 しぶしぶ頷き配下の元に戻ったが、今の児玉就方には、溜め息しか出なかった。

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