第十三章 瀬戸内 −1−

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 瀬戸内の海を厳島へ、半分も渡り終えるころには、風雨が収まってきた。
「厳島大明神、我らに味方したもうたか」
 隆元が小さな声で呟いた。しかし元就はしっかりと船べりに捕まったまま、警戒の色を崩そうとしていない。
「わからぬぞ、隆元。油断した船がひっくりかえれば、鎧が重しとなる。我らはすぐに海の底じゃ」
「父上こそ、厳島大明神が我らに味方したもうたと思えばこそ、こうして奇襲に踏み切ったのでございましょう」
 海に慣れない山陰の武将らしからぬ笑顔で、隆元が水面に視線を走らせる。あたりは真っ暗で、本船のみに点された本船のみに灯された火が、わずか手が届く程度の水面を怪しく映し出すのみである。
「……ほんまに、言うようになったのぅ」
 元就が苦笑する。気付けば船は厳島に迫り、船頭がくろぐろとした陰影を見上げていた。

 戌亥の刻頃、第一艘目である本船が、木の軋む重い音を伴って島へと到達した。二艘三艘と船が浜へ近付くと、波の音が少しだけ様相を変えた。
 目立たぬようにと灯りを消した船から降り立つ瞬間、その誰もがわずかな逡巡と、そして覚悟をもって一歩を踏み出した。
 島そのものが御神体たる厳島で、この戦から逃げることなどできはしない。いまここで身を翻しても、やがては陶晴賢に討たれるのが見えている。
 殺られるまえに、殺れ。
 戦国の世の不文律が、厳島を戦場に変える。
「かがり火を焚け!」
 第一陣無事上陸の知らせが、まだ浜にいる味方たち、そして地御前の守備軍に知らされた。

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