第十章 援軍 −2−

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 来島村上、来援。

 その報せに、毛利の陣営は一挙に沸き立った。
「能島と因島の村上はどうしたんじゃい?」
 知らせを聞いて嬉しげな表情を浮かべた桂元澄が、振り返って児玉就方に問うている。
「あの腰ぬけどもめ、今回は様子見じゃと」
「潮で櫂がさびてしもうたんと違うんか」
 聞いていた熊谷信直の冗談で、わっとその場に笑いが起こった。
 村上水軍は瀬戸内に、能島、来島、因島三島を拠点として支配権を握っている。うち来島村上が、毛利への参戦を決めた。能島と因島の村上は様子見、すなわち毛利はもちろん、陶にも力添えをしないのだ。
 陶が出遅れ、その分毛利が一歩先んじた。その事実を知って、それぞれに安堵が広がっている。
 その事実を先につかんでいたからではないだろうが、陶晴賢は宮尾城を落とそうと焦り、すでに渡海していると聞く。
 来島村上が味方についた。陶晴賢は厳島にいる。すべては、元就の掌中に集まりつつある。

「しかし村上水軍は、一体どうしてこちらに来たのでしょうね?」
 嬉しげな副将隆元のそばに歩み寄って、弟の吉川元春が小さく囁いた。
 背後に控えた弟に、隆元が苦笑を見せて振り返る。
「忘れてしまったのか? 陶晴賢殿が厳島を支配していたとき、村上水軍を怒らせたことがあっただろう」
「怒らせた?」
「あぁ。村上水軍が持っていた厳島権益を、陶晴賢殿が横取りした一件だ。あれで村上水軍、陶晴賢殿を見限ったのかもしれぬな」
 そう言いながら、隆元がかるく顎に手をやった。
 いつの間にか、熊谷信直や福原貞俊、桂元忠も「ふんふん」「そうでござりましたか。……そういやぁそんな話を、聞いた気がせんでもないな」と頷いている。
「わしはその話、前から知っておったぞ」
「児玉就忠に教えてもろうたんじゃろうに」
 桂元澄が自慢げに言うのに、その場に居合わせた赤川元助が笑うと、児玉就忠もくすりと微笑む。
 聞いていた元就が、会話の途切れに合わせたゆっくりとした挙動で、床几から立ち上がった。
「全軍を結集せよ。明日、厳島陶晴賢の陣を奇襲する」
 低くも太く貫録に満ちた老将の声が、まるで人心を鼓舞するかのように、豊かに陣内へと響き渡った。

 ときは天文24年9月29日、未明のことであった。

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