その報せに、毛利の陣営は一挙に沸き立った。 「能島と因島の村上はどうしたんじゃい?」 知らせを聞いて嬉しげな表情を浮かべた桂元澄が、振り返って児玉就方に問うている。 「あの腰ぬけどもめ、今回は様子見じゃと」 「潮で櫂がさびてしもうたんと違うんか」 聞いていた熊谷信直の冗談で、わっとその場に笑いが起こった。 村上水軍は瀬戸内に、能島、来島、因島三島を拠点として支配権を握っている。うち来島村上が、毛利への参戦を決めた。能島と因島の村上は様子見、すなわち毛利はもちろん、陶にも力添えをしないのだ。 陶が出遅れ、その分毛利が一歩先んじた。その事実を知って、それぞれに安堵が広がっている。 その事実を先につかんでいたからではないだろうが、陶晴賢は宮尾城を落とそうと焦り、すでに渡海していると聞く。 来島村上が味方についた。陶晴賢は厳島にいる。すべては、元就の掌中に集まりつつある。 「しかし村上水軍は、一体どうしてこちらに来たのでしょうね?」 嬉しげな副将隆元のそばに歩み寄って、弟の吉川元春が小さく囁いた。 背後に控えた弟に、隆元が苦笑を見せて振り返る。 「忘れてしまったのか? 陶晴賢殿が厳島を支配していたとき、村上水軍を怒らせたことがあっただろう」 「怒らせた?」 「あぁ。村上水軍が持っていた厳島権益を、陶晴賢殿が横取りした一件だ。あれで村上水軍、陶晴賢殿を見限ったのかもしれぬな」 そう言いながら、隆元がかるく顎に手をやった。 いつの間にか、熊谷信直や福原貞俊、桂元忠も「ふんふん」「そうでござりましたか。……そういやぁそんな話を、聞いた気がせんでもないな」と頷いている。 「わしはその話、前から知っておったぞ」 「児玉就忠に教えてもろうたんじゃろうに」 桂元澄が自慢げに言うのに、その場に居合わせた赤川元助が笑うと、児玉就忠もくすりと微笑む。 聞いていた元就が、会話の途切れに合わせたゆっくりとした挙動で、床几から立ち上がった。 「全軍を結集せよ。明日、厳島陶晴賢の陣を奇襲する」 低くも太く貫録に満ちた老将の声が、まるで人心を鼓舞するかのように、豊かに陣内へと響き渡った。 ときは天文24年9月29日、未明のことであった。 |