第十章 援軍 −1−

   表紙  

 小早川隆景は村上水軍を味方につけるよう、父元就から命を受けている。村上水軍と同じく海に力を及ぼす小早川水軍の若き棟梁として、やりとりする書状も多岐にわたる。
 その書状の山のなかに、ふと父の名前を見出したとき、隆景の顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんだ。
「……まったく、父上ときたら」
 見下ろした書状には、村上水軍が来ないことへの不安が吐露されている。本来なら士気にかかわるほどの落ち込みようだ。
 これが他の武将であれば、傘下の武将たちも不安に駆られたことだろう。しかしこの戦の主将は毛利元就であり、その傘下は元就の性格を熟知しているのである。少し心配性で、暗い方に考えてしまう元就の性格を、だ。
 どうせ陣内でも「また元就様が」と笑う程度で、士気への影響は低いのだろう。このままでは村上水軍の到着を待たず厳島に渡らねばならぬ……――すなわち、村上水軍の到来を待たずとも、なんとかなる目算なのであろう。それを感じ取る術を、毛利元就の周囲は手にしているはずだ。
(ただ、小早川の者には見せられないかな……)
 つい数年前に隆景が養子に来たばかりの小早川では、まだ元就の性格がすべてに知れ渡っているわけではない。
 こんな不安感の滲みでた元就の書状を見られてしまえば、小早川の士気に傷がつく。下手をすれば、毛利が負け戦に突っ込んで行こうとしていると思われる。
 ふとその情景を思い描き、その瞬間隆景は、書状を伏せてバッと顔をあげた。
「……そんなことになれば……!」
 小早川の士気が下がる。小早川隆景率いる軍勢の勢いが弱くなる。
 可部の山奥から出てきた兄の吉川元春に遅れを取る。
 鬼と呼ばれる吉川が強く、小早川は弱いという情報が毛利に流れる。
 それを毛利の頭領が……元春と隆景の兄である毛利隆元が、耳にする。
 そして隆元は、隆景を役立たずと思い、元春に頼るように……――
「そんなことがあってたまるか!!」
 思わず高ぶった感情に、周囲の家臣達がびくりと身体を揺らした。
「わ、若殿?」
「いや、なんでもない」
 即座に居住まいを正して、隆景は静かに答えた。
 吉川元春は今、隆元とともにいる。それだけでも隆元にとって、元春の覚えは良いことであろう。そんなことは、断じて許されない。村上水軍が参戦するにしてもしないにしても、隆景ひきいる小早川氏は、吉川よりも大きな手柄をあげねばならない。
(そのためには、どうすればいいだろうか……)
 美しい仕草で裾を捌き、背筋を伸ばして座りなおした……瞬間だった。
「村上水軍がやってきおったぞおぉ!」
 太い声が村上の到来を告げ……――こんどこそ隆景は、裾を捌いて立ち上がった。
「弘中隆兼の陣に行くかもしれぬ、早合点するな。ただしこちらにつくとあらば、すぐに見極め、大将元就へ伝令の準備を整えよ!」

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