その書状の山のなかに、ふと父の名前を見出したとき、隆景の顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんだ。 「……まったく、父上ときたら」 見下ろした書状には、村上水軍が来ないことへの不安が吐露されている。本来なら士気にかかわるほどの落ち込みようだ。 これが他の武将であれば、傘下の武将たちも不安に駆られたことだろう。しかしこの戦の主将は毛利元就であり、その傘下は元就の性格を熟知しているのである。少し心配性で、暗い方に考えてしまう元就の性格を、だ。 どうせ陣内でも「また元就様が」と笑う程度で、士気への影響は低いのだろう。このままでは村上水軍の到着を待たず厳島に渡らねばならぬ……――すなわち、村上水軍の到来を待たずとも、なんとかなる目算なのであろう。それを感じ取る術を、毛利元就の周囲は手にしているはずだ。 (ただ、小早川の者には見せられないかな……) つい数年前に隆景が養子に来たばかりの小早川では、まだ元就の性格がすべてに知れ渡っているわけではない。 こんな不安感の滲みでた元就の書状を見られてしまえば、小早川の士気に傷がつく。下手をすれば、毛利が負け戦に突っ込んで行こうとしていると思われる。 ふとその情景を思い描き、その瞬間隆景は、書状を伏せてバッと顔をあげた。 「……そんなことになれば……!」 小早川の士気が下がる。小早川隆景率いる軍勢の勢いが弱くなる。 可部の山奥から出てきた兄の吉川元春に遅れを取る。 鬼と呼ばれる吉川が強く、小早川は弱いという情報が毛利に流れる。 それを毛利の頭領が……元春と隆景の兄である毛利隆元が、耳にする。 そして隆元は、隆景を役立たずと思い、元春に頼るように……―― 「そんなことがあってたまるか!!」 思わず高ぶった感情に、周囲の家臣達がびくりと身体を揺らした。 「わ、若殿?」 「いや、なんでもない」 即座に居住まいを正して、隆景は静かに答えた。 吉川元春は今、隆元とともにいる。それだけでも隆元にとって、元春の覚えは良いことであろう。そんなことは、断じて許されない。村上水軍が参戦するにしてもしないにしても、隆景ひきいる小早川氏は、吉川よりも大きな手柄をあげねばならない。 (そのためには、どうすればいいだろうか……) 美しい仕草で裾を捌き、背筋を伸ばして座りなおした……瞬間だった。 「村上水軍がやってきおったぞおぉ!」 太い声が村上の到来を告げ……――こんどこそ隆景は、裾を捌いて立ち上がった。 「弘中隆兼の陣に行くかもしれぬ、早合点するな。ただしこちらにつくとあらば、すぐに見極め、大将元就へ伝令の準備を整えよ!」 |