第八章 要害 −1−

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 取り寄せた厳島の地図を前に、元就は腕を組んで考え込んでいた。
 室内は人払いを施してある。いつ細作と呼ばれる忍者たちが、元就の意図を言葉の端から読みとって、陶晴賢に伝えぬとも限らないからだ。
 それでも元就の眉間には、深い皺が寄せられていた。
 厳島以外に、活路を見出すのは難しかった。
(陶晴賢には、打つ手は巨万とある……)
 江良房栄を殺させた。とはいえ、せいぜい有力武将の一人を失ったというだけだ。陶晴賢といえば長門の名門である、もしも毛利に押されたとしても、すぐに仲間が駆けつける。
(対して我ら毛利は、すでに全軍を結集させている)
 これで押されれば後がないばかりか、あと少しで毛利が倒れると噂が立つだけで、地侍までもが敵にまわろう。
 無駄な敵を沸き出させないためには、海上である必要があった。さらに、瀬戸内沿岸を掌握している村上水軍を毛利の味方につけられれば、誰も容易には手出しできないはずだ。
(……やはり、厳島しかない)
 険しい山に囲まれ、部隊同士の意思疎通も容易ではなく、おそらく毛利より多い軍をそろえる陶には不利に働く。商業のにぎわいのお陰で、それなりの大路も整っている。
 そして何より、陶晴賢が疑いなく布陣するとなれば、この周囲では厳島しかあり得ない。過去に何度も瀬戸内制圧の拠点とされたその島は、軍事的にも経済的にも、大きな拠点として確固たる地位に位置づけられている。
 そう思って厳島を見れば、元就にはそれはいかにも、お誂え向きの島に見えた。
 対岸を睨むように、山城が三つ、陣を構えている。
 一つは、多宝塔を守るように。
 もう一つは、五重塔を支えるように。
 そして、もう一つ。
 瀬戸内に突き出して、海を睨み据える宮尾城は、まさにこのために構えたものではないかと思われるほど、元就の希望に沿うていた。
 三方を海に囲まれ、守りにそれほどの労力を要しない。
 同時に厳島神社を望むそこは、島全体の防衛をしているようにも見せかけやすい。
 ――まさに格好の囮である。

 きっと陶晴賢は、囮につられて布陣しよう。
 背後に博奕尾という険しい峰を、正面に有之浦という見晴らしいのいい浦を臨んで。

「よし、要害は決まった……――!」
 袖を捌いて立ち上がり、元就は唇を引き結んだ。

 厳島を守るだけの城ではない。その城に、すべてを賭けるのだ。

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