室内は人払いを施してある。いつ細作と呼ばれる忍者たちが、元就の意図を言葉の端から読みとって、陶晴賢に伝えぬとも限らないからだ。 それでも元就の眉間には、深い皺が寄せられていた。 厳島以外に、活路を見出すのは難しかった。 (陶晴賢には、打つ手は巨万とある……) 江良房栄を殺させた。とはいえ、せいぜい有力武将の一人を失ったというだけだ。陶晴賢といえば長門の名門である、もしも毛利に押されたとしても、すぐに仲間が駆けつける。 (対して我ら毛利は、すでに全軍を結集させている) これで押されれば後がないばかりか、あと少しで毛利が倒れると噂が立つだけで、地侍までもが敵にまわろう。 無駄な敵を沸き出させないためには、海上である必要があった。さらに、瀬戸内沿岸を掌握している村上水軍を毛利の味方につけられれば、誰も容易には手出しできないはずだ。 (……やはり、厳島しかない) 険しい山に囲まれ、部隊同士の意思疎通も容易ではなく、おそらく毛利より多い軍をそろえる陶には不利に働く。商業のにぎわいのお陰で、それなりの大路も整っている。 そして何より、陶晴賢が疑いなく布陣するとなれば、この周囲では厳島しかあり得ない。過去に何度も瀬戸内制圧の拠点とされたその島は、軍事的にも経済的にも、大きな拠点として確固たる地位に位置づけられている。 そう思って厳島を見れば、元就にはそれはいかにも、お誂え向きの島に見えた。 対岸を睨むように、山城が三つ、陣を構えている。 一つは、多宝塔を守るように。 もう一つは、五重塔を支えるように。 そして、もう一つ。 瀬戸内に突き出して、海を睨み据える宮尾城は、まさにこのために構えたものではないかと思われるほど、元就の希望に沿うていた。 三方を海に囲まれ、守りにそれほどの労力を要しない。 同時に厳島神社を望むそこは、島全体の防衛をしているようにも見せかけやすい。 ――まさに格好の囮である。 きっと陶晴賢は、囮につられて布陣しよう。 背後に博奕尾という険しい峰を、正面に有之浦という見晴らしいのいい浦を臨んで。 「よし、要害は決まった……――!」 袖を捌いて立ち上がり、元就は唇を引き結んだ。 厳島を守るだけの城ではない。その城に、すべてを賭けるのだ。 |