江良房栄を討ち果たしたことで陶晴賢の信用は上がり、毛利の情勢を見極めようと言えば、陶晴賢は一も二もなく弘中隆兼を厳島へ派遣した。 「毛利のやつらめが、どれほどひ弱な防備で我らに挑まんとしているのか、しっかり見極めてくるがいい」 陶晴賢がそう言えば、彼の取り巻きはどっと笑って、弘中隆兼を笑顔で送り出した。 (江良房栄殿であれば、もっと慎重に何かを忠言してくれたやもしれぬものを……) 毛利元就を侮らぬ数少ない味方を、弘中隆兼はその手で殺したのだ。自分の首を絞めるための縄を、毛利に渡したようなものである。 ならばせめて、その縄を断ちきらなければならない。 毛利の策略に落ちていく陶晴賢は、きっと厳島で惨敗する。しかし何としてでも、生きて帰らなければならない。負けても生きて帰ることが叶えば、毛利の勝利でも、陶の敗北でもないからだ。 「せめて隙の一つも、見つけられるやもしれぬ」 一縷の望みを胸に、弘中隆兼は宮尾城を視界におさめた。 ――一見したところでは薄弱な守りの、小さな城だった。かつて己斐城をあずけていた己斐豊後守が、城の守りに入っていると聞く。 (豊後守め……あっさりと毛利に投降しおって……) どころか大切な要害を預けられ、その防備のために全力を注いでいるという。 陶晴賢を裏切った己斐豊後守は陶に戻ったところで、「また我らを裏切るやもしれぬ」という猜疑を抱かれ、殺されるか幽閉されても可笑しくない。 戦局を左右する大事な局面に、重大な駒として用いられた豊後守が、毛利のために奮起するのは十二分にありうることだった。 「……元就め、ようやるわい」 人心把握の巧みさに言葉もなく、弘中隆兼はじっと宮尾城を見渡した。 小さな岬の先、三方を海に囲まれて、己斐豊後守および毛利は陶方の軍と対峙している。駆ければすぐにも到着しそうな距離に、山城の垣がそびえている。 見張りの櫓、厳重な守り、そしてその脇に……―― ふと、弘中隆兼の目が止まった。 「あれは……井戸か」 岬の手前に、かすかに見えるそれは、城の命を一手に握る井戸であろう。三方を海に囲まれ、たとえ敵に見つかりやすくとも内側に井戸を掘らなければ、真水は取れないものなのだ。 「……山城はしかるべし、だが水がなければどうしようもない……――」 弘中隆兼が、低く呟いた。 水の手を、絶てば……―― |