第五章 出陣 −3−

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 宮川房長が討ち死にしたとの報告に、元就は黙って頷いた。
 戦況はまずまず、大きな損害を出すことはなく、隆元も無事であるという。
 元春の心配はしていなかった。ただあの腕白が、舅の熊谷信直に迷惑をかけてはいないかと、父親らしい心配が胸をよぎっただけだ。それほどに、彼は次男の戦の腕を信頼していた。
「して、詳細は」
 元就が報告に来た者へ訊ねる。
 そのとき折よく陣へ帰ってきた隆元が、烏帽子をなおして大将元就の前に膝をつき、「隆元、ただいま戻りましてございます」と低く唱えた。
「無事で何よりじゃ」
 元就が頷くと、周囲の家臣たちもにこにことして出迎える。
 後継ぎとして生まれた時から可愛がられ、志道広良などは隆元のことを、あたかも本当の孫のように思っているふしがある。
「無事でよかった! 本当に、無事でよかったですぞ、若」
 老将の歓待に再び頭を下げ、隆元がまっすぐに目をあげた。
「戦況の報告に参りまする」

 隆元が床几に腰を落ち着けたころ、珍しく慌てた様子で、児玉就忠が幕内へ飛び込んできた。
「お、大殿、大変なことになっております!」
「ん? どうした、おぬしが慌てるなぞ珍しいの」
 相手が戦に出した重臣であれば、戦況の転換があったのではないかと、肝を冷やしたところだろう。
 しかし実際児玉就忠がやっていたことと言えば、このたびの戦における感状の整理である。
 誰がどんな働きをし、何を褒美にくれてやったのか。大事な仕事を、その辺の者に押しつけることもできず、もっとも信頼できる政務派家臣に元就はことを頼んだのだ。
「そ、それが……」
 児玉就忠が言葉を選び、視線を左右へさまよわせた。
「なんだ? 遠慮なく言ってみよ」
 じれた隆元が急かす。それに背を押されて、児玉就忠がちらりと目をあげた。
「その……ある者が、先駆けも恩賞に入れよと申しておりまして」
「しかしそれは、抜駆けと見分けがつかないだろう。それをかんがみるなど、我が軍紀に反するではないか」
 隆元が不思議そうに首を傾げる。
 児玉就忠が困ったように元就に目配せすると、元就はしばらく考えた後、大きく溜め息をついた。
「…………元春の部下じゃな。申し送りが、徹底しておらなんだのじゃろう」
「……はっ」
「……他はともかく、此度の戦は勝ちがすべてじゃ。のちに造反されても困るゆえ、先駆けと敵の捕縛は相応に、感状を用意せよ」
 一つ頷いて、児玉就忠が走り去る。
 その後ろ姿を見送りながら、元就が低く、隆元に伝えた。
「……隆元、あとで元春に、きつく、くれぐれもきつく、言うておいてくれ」

 ……――「兄上に恰好悪いところを見せたくない」と意地をはる元春にとって、もっとも効く説教方法であることを知らないのは、隆元本人ばかりである。

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