第五章 出陣 −1−

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 天文23年6月初頭。
 毛利陣に、ついに陶晴賢が出陣したと知らせが入った。

「陶晴賢はどこに布陣したと?」
 戦評定が始まってすぐに、評定に参じていた児玉就方が鋭い口調で訊ねた。
 兄の就忠はこの場にいない。このたびの戦では、児玉兄弟のうち、弟である就方が戦陣を統率することになったのだ。政治手腕に長けた兄が、このたびは自分よりも弟こそが活躍できるだろうと判断したのは、想像に難くない。
「どうやら折敷畑山の上に陣を張ったようじゃ。陶晴賢め、さすが大内義隆について、何年も戦で手柄を立ててきただけのことはある」
 反対に、兄弟の揃っているのが桂元澄と元忠である。二人とも弓で戦場に名を知られるが、為政面にはめっぽう弱い。真っ先に口を開いたのは兄の桂元澄で、広げた地図をにらみながら、顎をさすって肘杖をついた。
「いや、実際は陶晴賢の武将、宮川房長が陣を敷いたようじゃ。しかし陶晴賢の軍配に変わりはない。……山の上に陣を張られては、なかなか攻められんのう」
「そうじゃのぅ。しかしこのまま放っておいては、すぐに陶晴賢の犬め、こちらへなだれ込んできましょうぞ」
 児玉就方が答える。
「なんとかして、つぶす手立てはないものか」
 上座に坐していた毛利元就が問うと、皆が黙り込んだ。
 山は広く、毛利の軍は寡兵である。すべてを取り囲むなど、無理に均しい愚略であった。山の上に駆け昇って攻めてみても、おそらく山頂の陶晴賢軍はせせら笑って、毛利を谷底へ蹴落とすだろう。
「のぅ、誰も何も言わんのか」
 元就が揶揄するように尋ねる。
 それを受けて、顔を伏せていた福原貞俊が身体を後ろに反らせ、困ったような笑顔を見せた。
「それがしよりは大殿のほうが、戦術に長けておりましょう」
「なに、わしの軍略など知れたものよ」
「かつて吹けば飛ぶほどであった毛利を、安芸国人衆の長にまで育てておきながら、知れたものとは大殿も言うたものじゃ。恐ろしや恐ろしや」
 福原貞俊の言葉に、どっとその場が沸く。
「いやしかし、もしもほんまに戦うことになれば、元春に勝てる気はせんが」
 そう言って笑いながら、元就がちらりと次男をかえりみた。父や兄とは別経路を取り、舅と組んで城をまたたく間に攻め落とした吉川元春が、顔をあげて周囲を見回す。
「そうなる前に俺は、謀略家の親父の手で毒殺されておろうな」
 再び場が沸くと、鎮まるのを待って、元春が地図の上に伏せていた上半身を起こした。
「さて……宮川房長は、我らを毒殺するような謀略家ではない。そこで……こういうのはどうじゃ」

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