第四章 決戦 −5−

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 元就出陣の知らせは、すぐに三本松で吉見正頼を攻めていた陶晴賢へ届けられた。
「毛利が、毛利元就が攻めてきました! 安芸の城をことごとく落とし、いまや厳島へ迫る勢いでござりまする!」
「……こうなることを、予想はしておったのだ……!」
 知らせを聞いてすぐには、陶晴賢は身動きができなかった。
 大内義隆を手にかけたとき、覚悟はしたのだ。しかし元就は、反対するようすを見せなかった。むしろ陶晴賢に援軍を送り、大内を立て直さんとする自分に、理解を示したのだ。
 かつて大内義隆の寵愛を受け、その命を断たんとしたとき、心中は穏やかではなかった。
 このようなことが許されるのか。
 主君への裏切りではないのか。
 何日も……いや、何年も悩んだ。それでも、必要だと思ったからこそ陶晴賢は……否、陶隆房は、大内義隆へ刃を向けたのだ。
 しかしその名を背負う重さに耐えきれず、罪の意識から逃れようと、名を替えもした。大内義長を主に迎えたとき、大内義隆と同じ字を持つだけで、かつての主を思い出した。
 狼狽と混乱と、そうしなければならぬという戦国乱世の決意と。
 それらの数少ない理解者と、そう信じていた相手の、裏切りだった。
「……陶、晴賢殿。大丈夫でござるか」
 傍らに控えていた弘中隆兼に声をかけられて、陶晴賢は、ぐしゃりと書状を握りしめた。
 なぜと叫び出したかった。
 かつての朋友であった、毛利隆元の顔を思い出した。
 大内義隆に可愛がられ、その家臣である自らと親しく接した毛利隆元は、何を考えたのだろうか。
 そして、数多の戦場でともにたたかった、あの老将毛利元就は。
 しかしどれだけ考えても、すべては無意味だった。いまや毛利元就は、陶晴賢の敵に回ったのだ。
 ……――ふと、以前ともに酒を飲んだときの、元就の言葉を思いだした。
 裏切りは許さぬ、家中を乱す者は成敗すると、笑みすら浮かべて言っていた元就。あのとき彼は、なんと言ったか……――
「『猛悪無道』……」
 低く呟いて、陶晴賢はキッと顔をあげた。
「そうだ……あの男は、そう言ったのだ」
 いまの陶晴賢にとって……そして今の大内氏にとって危険分子と化した毛利氏は、討たねばならない。たとえ相手が、かつて睦み合った毛利隆元であっても。
「大内義隆様をお討ち申し上げるとき、毛利は我に味方した。いまさら大内義隆様の仇を討とうとは言語道断、猛悪無道の所業なり!」
 知らせの書状を投げ捨てて、怒りの色を目に宿し、陶晴賢が言い捨てた。

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