第四章 決戦 −2−

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 次なる目標は、目と鼻の先にある己斐城である。吉田郡山城から出雲街道を駆けてきた身であれば、その距離などないに等しい。
 馬を駆ってその勢いで、元就は眼前の城をするどい眼光でにらんだ。
「ここは己斐豊後守が城番か」
「攻略はこの福原貞俊にお任せ下さい」
「私が後詰めに参ります」
 今度は福原貞俊が、年近い児玉就方とともに進み出た。
 それを見て、隆元が頷こうとした。しかしそれを、元就が手を伸ばして肩に手を置き、首を横に振って制した。
 そして跪いた二人に合わせて膝をつき、高さを合わせて、元就は目だけで笑った。
「金山城に赤川元助を、城番に置いてきてしもうたな。ここで二人によけいな力を使わせるわけにはいかん」
「父上?」
 隆元が怪訝そうに口をはさむ。福原貞俊や児玉就方はもちろん、周囲の武将たちも不思議そうに顔を見合わせ、総大将元就の顔を見た。
「己斐豊後守は余計な戦をせぬお人じゃ。誰か使者をたてよ!」
 元就が、凛とした声で命じた。
「ですが殿、それでは今の勢いを殺すことにはなりませぬかっ?」
「この期に及んで敵を抱き込むのは、得策ではないと思われまする」
 福原貞俊と児玉就方が、口々に声をあげた。
 ざわりと、周囲にざわめきが走る。二人の言うとおり勢いに任せて走るべきではないかと、周囲がざわめくのを耳に挟んで、元就が鎧をならせて立ち上がった。
「己斐豊後守は生かしておきたい。のちに使えることもあろう。勢いは殺さぬ。万が一ここを攻め落とすことになろうとも、たとえ半数とて、我らは必ず次の城へ走る!」
「では私が、まず説得に参ります」
 児玉就方の兄である就忠が、弟の脇に跪く。
 はやり立っていた児玉就方と福原貞俊が、年上の落ち着いた風格を目にして、恥じ入ったように口をつぐんだ。
「あいわかった。ゆめゆめ討たれるでないぞ」
 元就が低く言い終わるのを聞くか聞かぬうちに、児玉就忠が立ち上がって一礼し、時を惜しむように駆け去った。
 背中に向かって、「さすがの就忠も、心中逸っておるようじゃの」と、元就が小さく笑う。
 そしてすぐに向き直り、いまだその場に動かない福原貞俊と児玉就方の前に、再び膝をついた。
「すぐに兵に旗を持たせ、士気を鼓舞せよ。見せつけるのじゃ」
「承知いたしました」
 福原貞俊が頷いた。
「己斐豊後守にこちらの勢いを示すので?」
 児玉就方が上目に問う。
「さすが就忠の弟、物わかりがいい。福原貞俊、お主であれば容易に怖気づかせられよう。就方とともに、児玉就忠の交渉を援護するのじゃ」
 元就が笑って、二人の肩をしっかと叩いた。
 優しい物言いに、二人は視線を飛ばし合い、互いに小さく笑って軽く頷く。そして先の児玉就忠を追うように、素早く立ち上がり、一礼して身をひるがえした。
 それから小半時も過ぎただろうか。
 己斐城陥落の知らせが、早馬で伝えられた。
 いかなる手段をこうじたのか、そのころには軍の勢いも、山一つ突き崩せそうなほどに高まっていた。福原貞俊や児玉就方は鼓舞の才があるようだと、桂元澄が笑って元就に伝えた。

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