第四章 決戦 −1−

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 天文23年5月12日早朝。
 毛利元就みずからが総大将となり、副将長男隆元以下の譜代家臣たちを連れて、吉田郡山城を出発した。

「休まず駆けよ、なんとしても今日中に瀬戸内沿岸を攻略するのじゃ! 陶晴賢に反撃の余地を与えるな!」
 地を揺るがす馬の蹄が、地響きを立てて林を抜け、海を目指す。
 周囲を埋め尽くす兵たちの波のそこかしこに、一文字三つ星の軍旗が、その配下の者たちの旗が、朝日を浴びて翻る。
 そして日輪が天空高く上るより少し前、すでに彼らは遠く山を越え、金山城へと馬をつけていた。高みへ登れば、はるかに海が煌めいている。
「この城の攻略は、ぜひこの赤川元助にお任せを!」
 真っ先に飛び出してきた武将に、元就は薄ら笑みをうかべて鋭く頷いた。
「よし、ではお主に頼もう。くれぐれも時をかけぬよう、迅速に落とすのじゃ」
「はっ!」
 頭を下げて、赤川元助が走り去る。
 すぐに鬨の声が風に運ばれて、辺りの空気を揺るがした。
 不安はない。戦は勢いで、ほとんどが決まる。郡山城を出陣した瞬間から、勢いは十分であった。地響きが聞こえると、皆の心の蔵がたぎり、胸が高鳴った。
 使者が走ったと、報告が入った。投降を促しているとの言葉に、陣中に緊張が走る。息がつまり、ものを言うものはいない。ただじっと、地図を見つめて、これから先を考えている。
 わずかな時であったのか、長い時間がかかったのか、それは誰にも分からなかった。
 間をおいて、返答の使者が出たと、再び報告が入った。城番の今田左衛内が門を開いたと、赤川元助が言って寄こしたのだ。
 金山城、攻略。
「よくやった!」
 元就が低く呟き、膝をうって床几を蹴って立ち上がった。
「赤川元助に、そのまま金山城の守りに残れと伝えよ!」
 そう言い残して、元就は再び馬を呼んだ。日はまだ高い。
 ひらりと身軽に鞍へとまたがり、トットッと足早に、ぐるりと馬首を巡らせた。合わせて他の武将たちも、次々に素早く馬へまたがる。その筆頭に隆元が愛馬の前足を、カカッと鋭く高鳴らせた。
 先はまだ遠い。
 目標はこんな小城ではないと、先んじて知らされていた兵たちも、即座に立ち上がっていた。誰一人として、このようなところに落ち着いていようなどと、思ってはいなかった。
「次なる城は己斐城ぞ!」
 元就の鋭い声が上がる。
「総大将に遅れをとるな!」
 副将隆元が馬の首を巡らせて、采配を鋭く振った。福原貞俊、桂元澄と元忠の兄弟、児玉就忠と弟の就方、他にも名だたる重臣がそのあとに続く。
 年上だが隆元の義理の弟にあたる穴戸隆家は、一人郡山城の守りに残っていた。背後に控える尼子への守りだが、逆に言えば、他の家臣たちはみなここにいる。
 誰もが士気も高く、全身に力がみなぎっているようだった。
 ここから陶晴賢との戦いまで、幾日幾年かかるか分からない。しかし昨年末からずっと、皆の心中には、いつかこの日がくることは予期されていた。
 決戦がいま、始まったのだ。

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