第一章 叛乱 −5−

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 年が明けると、新年の祝賀が開かれた。
 天文21年、毛利でも例にたがわず、家臣たちは郡山に集められた。飲めや歌えやの大騒ぎである。

「若、全然酔うておられんようじゃ。ほんまに飲んどられるのか?」
「いやいや、隆元は酒より餅じゃて。のう隆元」
 右から桂元澄が、左から父親の元就が膳の上へと顔をつきだす。隆元は、曖昧に笑って二人の手をそっと押しのけた。
 二人はすぐに隆元から離れ、見ている間にも今度は穴戸隆家に絡んでいるようだ。
 義理の弟が怨みがましく視線を飛ばしてくるのに、隆元は手刀をきって、口だけで「すまない」と伝えた。
 そして酒臭い空気から逃げるように、隆元はそっと息を殺して立ち上がった。
(……父上たちは、何を……――)
 米を満たしたひょうたんを掲げて、弓矢で射る動作をしている元就と桂元澄の背後を、静かに廊下へ歩み出る。
「若?」
 隆元が出て行くのを見とがめて、赤川元助が思わず腰をあげかけた。その腕をかるく抑えて、かわりに志道広良が静かに立ち上がった。
「わしが行こう。赤川殿は、殿と桂元澄殿が酔いつぶれたときの介抱を」
「志道殿……ですが私は」
「まぁまぁ、若の世話を仰せつかっておるのはこのわしじゃ。ここはこの老人に任せておきなされ」

 空気の冷たい庭に立ちすくんで、隆元はじっと空を見上げていた。
 遠く、隆元の弟二人が雪合戦をしている声が、かすかに風にのって届いてくる。
「若、風邪をひきますぞ。せめて上に何か着てくだされや」
 志道広良の足音が聞こえると、隆元は首だけで振りかえり、かすかに笑った。
「……広良、お主は今後、我が毛利家はどうなると思う」
「は、毛利家でござりまするか」
 唐突な言葉に、志道広良が目を見開いた。
 隆元は、ふたたび空へと視線を移す。弟の声が聞こえ、背後の騒ぎと重なった。吐く息が白い。
「去年の今日は、まさか陶隆房殿……いまは晴賢殿か。あの者が大内義隆様をお討ちなさるとは、思ってもみなかったのだ」
 その言葉に、志道広良がわずかに黙した。
「……私には、今後安芸が……中国がどうなっていくのか、まったく分からない」
 隆元の視線が、ゆっくりと庭へ移る。
「大内義隆様とも陶『隆房』殿とも、懇意にしていたというのに、な。……先を読むのが巧い父上とは、雲泥の差だ」
 それを聞いて、志道広良がうつむいて、小さく吹き出した。
「いや、殿は……元就様は、先を読むのは苦手じゃろうて」
 志道広良の言葉に、隆元が驚いて振り返った。
「あの父上が……?」
 問い返されて、志道広良がゆったりと笑う。元就が若いころから後ろ見をしていたためか、貫禄には事欠かない風貌だ。
「元就様は昔から『どうなるか』ではのうて、『どうするか』に心血をそそいでおられましたぞ」
「どう『する』か……」
「まぁ悪く言えば、静観という言葉に縁がない。おかげで毛利は大きゅうなったが……大内義隆殿にたいして、義理を欠くということにもなってしもうた」
 そう言って志道広良が、脇に抱えていた綿入れを隆元の肩へそっとかけた。
「さ、そろそろ入りませぬか。寒さが老身に応えるでな」
「……そうだな、お前もそろそろ八十路が近かったか」
 隆元が笑い、歩き出す。
 しかしふと足を止めて、その目が再び、じっと志道広良へ向けられた。
「広良は、毛利がどうなるか、見えておるか」
「……どうで、ござろうなぁ?」
 今度は志道広良の顔に、意味深長な笑みが浮かんで、すぐに消えた。
「陶隆房が、晴賢と名を変えた。……見ておきなされ、安芸が動き出しますぞ」

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