「なんじゃ」 「その書状は、後世に外聞が悪い。誰ぞに処分させるべきではあるまいか」 それを聞いて、元就がふぅむと顎髭に手をやった。 公然と君主を裏切った証拠を残すのは、たしかに後味が悪い。それにこの先、永久に陶隆房に服属する気は、当然元就にも微塵もない。 「そうじゃのう……ならば誰ぞ、これを処分しておいてくれんか」 「ならば、このワシが貰い受けましょうぞ」 紙片を空にかざすと、桂元澄が気軽に手を挙げた。三十年以上の付き合いの気軽さから、元就も特に深くは考えず、紙片を桂元澄の手へ渡した。 評定も終わり、桂元澄が立ちあがろうとしたのを、隆元がふと制止した。 「桂殿……少しお待ちいただきたい」 「それはよいが……この老臣が、なにかしでかしましたかな?」 桂元澄がいたずらめいて、懐手に立ち止まる。 広間は、すぐに誰もいなくなった。 廊下の影で赤川元助がじっと立っていたが、桂元澄はもちろん隆元本人も、気づくはずもない。 「大友がよこしたという書状を、改めさせてもらえませぬか」 「おぉ、容易なことじゃ」 そう言って、桂元澄が書状を取り出す。 かすかにふるえる手でそれを受け取り、隆元の目がじっと書状の文字をおった。 父親代わりですらあった大内義隆が討たれたと、書状の文字は、たしかに意味している。 咽喉をいまにも破りそうな慟哭を抑え、じっと眼を見開いていると、ふと桂元澄が軽く肩をすくめた。 「本来は、大内義隆殿を救うのが、武家の義理というもんだったんじゃろうな」 それを聞いて、隆元がハッと顔をあげた。桂元澄は、隆元の様子が変わったことに気付いた様子はなく、手元の書状を覗き込んでいる。 思えば隆元が誕生する前から、桂元澄は元就の重臣であったという。元就が隆元の父親であると同様に、桂元澄は隆元にとっても重臣であり、元就の腹心だ。 「……元澄殿」 幼き日にそうしていたように、隆元が小さな声で呼んだ。 「おぉ、懐かしい呼び方をなさいますな。童心に戻りたくおなりか?」 桂元澄が目を見開いて、からかうように笑う。応えるように少しく笑って、隆元がつと真面目な目を向けた。 「……近々文をさしあげることが、あるやもしれませぬ」 そして書状を桂元澄の手に戻し、隆元は足早に、その場を立ち去った。 その後ろ姿を、赤川元助が微動だにせず、ただじっと見送っていた。 |