第一章 叛乱 −2−

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 その言葉に、場の空気が「ふぅ」と解けたようにゆるんだ。
「であろうな……」
 ひそひそと、そのような言葉が交わされる。
 一昨年からそのような兆候があったことを、知らぬものはいなかった。
 元就が山口に逗留したさい、陶隆房からの悴者(かせもの)と呼ばれる使者が毎夜のように使わされていたことは、公然の秘密である。
 あのときからすでに、陶隆房の胸中には、このたびの反乱が描かれ始めていたのだろう。
「しかし、それで名門大内を滅ぼすのは、やりすぎではありませんか」
 幼少期に人質として大内に預けられ、大内義隆に大恩ある隆元を慮ってか、赤川元助が口を開いた。
 それを聞き、保守的な家臣の何人かが「それもそうじゃ」とさざめいて、元就の言葉を聞こうと身を乗り出す。
「……陶隆房殿は、大内義隆殿を殺すつもりはなく、ひとまず隠居させるだけじゃと言うておる」
 元就が視線を書状へ落としながら、ゆっくりと答えた。
「同じ家臣の杉や内藤とも相談し、大内の後継ぎには、しかるべき若子を当主に迎えると」
「どうせ、陶隆房がすべてを握るのでしょうなぁ」
 元就の言葉に、これも重臣の桂元澄が、皮肉げに横やりを入れた。それを聞いた赤川元助が、我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。
「桂殿もそう思われまするか」
「赤川殿も、そう思われるでござろうが?」
「では二人は、陶隆房に味方することに、反対なのか?」
 二人の様子に、元就が問うた。とたんに二人が向き直り、とんでもないと手を振った。
「まさか! 大殿がお決めになったことに、否やがあろうものですか」
「ここで陶隆房に味方し、瀬戸内に力を伸ばせれば、毛利が海に力をもつ切欠にもなるでしょうしなぁ」
 赤川元助が意気込めば、桂元澄がそう言って、おもむろに周囲を見回す。
「のう、そうであろう? お主はどう思う」
「そうじゃなぁ。財力を養うには、まず海じゃ」
 同意を求められて、財政に長けた児玉就忠が、考え深げに頷いた。
 政策に明るい隆元も、この言葉に反するところはないらしく、口元を引き締めて頷いている。その目元は晴れやらぬものが漂っているが、それに気付く者は、この場にはいない。
 みな毛利が力をつけたらばと、安芸を制圧する夢に、心奪われはじめているのだ。
「ならばまず我らは、吉田より佐東金山城を接収、のちに海沿いの桜尾城を制圧して、厳島への路を開こうぞ」
 元就が凛と声を張り、揃った顔が次々と頷く。それを見てかすかに笑みを浮かべ、元就は傍らの隆元へ、安心させるように囁いた。
「隆元、お主も一国の主ならば、陶隆房殿を信じよ。大内義隆殿のお命は助けると、武士の言葉じゃからの」

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