第一章 叛乱 −1−

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 郡山城は、ざわめきに満ちていた。
「陶隆房殿が、とうとう大内義隆殿を討ちにかかるらしい」
「そのことよ。はたして殿は、陶と大内、どちらに付くおつもりか……」
「若は何も申しておらぬようじゃが、幼年のころは大内義隆殿に世話になった身、如何に考えておられるのじゃろうなぁ」
 おのおの自分の考えを披露しながら、重臣たちが次々と広間へ集まってくる。
 上座下座と、自らの位に合う位置へ座りながら、近隣の者とさざめく声は絶えることがない。
 やがて皆がそろったころ、廊下をわずかに軋ませて、すらりと長身の青年が姿を現した。その瞬間、場が静まり返り、全員がスッと背筋をただした。
 精悍な空気を漂わせた毛利家当主、毛利隆元である。
「もう、みな揃っているのか」
 家臣全員が次々に頭を垂れるなか、隆元は滑るように上座へ並み寄り、すっと腰を下ろした。
 それから寸の間もなく、再び廊下が軋んだ。次に現れたのは、皺と髭の奥に理知的な目を光らせた、壮年の男の姿だった。
 家臣たちが、ますます深く頭を垂れた。
「おぉ、わしが最後か」
 男が笑いながら隆元の側へ歩み、どっしりと胡坐をかいた。
 大柄ではないが、数多の戦場を駆け抜けて、その覇気を身体中に漲らせた武将……――毛利元就その人である。


 みなが顔を上げるのを待って、元就が口を開いた。
「とうにみなも承知しておろうが……陶隆房殿が、大内義隆殿征伐に挙兵する」
 元就の言葉に、聞いてはいたがやはり……と、家臣たちに一瞬の動揺が走った。数人が、ちらりと隆元へ視線を走らせた。
 当の隆元は黙って座っていたが、その顔は、どこか何かをこらえるようにひきつっている。
「昨今の大内義隆殿は京風の生活に憧れ、贅沢三昧だそうじゃ。このままでは大内氏存続も危ういと、陶隆房殿苦渋の判断、分からぬでもない」
 元就の言葉に、家臣たちが苦笑を浮かべる。
 これまで度重なる大内での饗応で、その贅沢さに舌を巻いた者もいた。戦国武将としての生活に程遠く、連日あれやこれやと舞踊りを見せられて、不安にかられた者も少なくなかったのだ。
「では、やはり」
 老臣の一人、志道広良が口を開いた。
「あぁ」
 元就が志道広良に目を合わせ、深くうなずく。懐から書状を出し、その文字に目を走らせてから再度家臣を見渡し、元就の低い声が場に響いた。
「……当家は陶隆房に味方し、厳島占領に援軍を送ることとする」

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