槙さん



 どこから見ても明らかな連れ込み宿へ目を向けた伊多に、槙は慌てて腕を引いた。
「へっ変に思われるだろ…!」
 男同士で連れ込み宿など、泊まれるわけもない。
 宿の者になんと思われるか知れたものではないし、だいたい隣の部屋に知り合いがいないとも限らない。
 歩いている間になんとか諦めてくれないかと、ひそかに頭をフルに回転させたが、こういうときに限って頭はまったく回らない。
 後ろをついてくる伊多の気配が、よりいっそう焦りを助長する。
 どこまでいけば諦めてくれるだろうかと、足もとばかり見て突き進んでいるうちに、背後の伊多が少し驚いたような声を上げた。
「えっここで? さっきのトコよりマズイんじゃないか? 俺は構わないけどさ」
 その声にハッと前を見ると、そこには見慣れた石柱があった。
 ――基地に、戻ってきてしまっている。
 ここから先は、軍属関係者しか入れない。しかも伊多の発言を聞くに、基地のなかでもヤる気らしい。
「えっ、あ、いや、……えーと」
「いいだろ、ここで。大丈夫大丈夫」
 思いのほか強い伊多の腕に引っ張られ、夜の建物に足を踏み入れながら、槙は冷や汗を浮かべて最後の説得を試みた。
「き、今日はやめないか、な?」
「あっここ空いてるぞ。……えっ、なんか言ったか?」
「わ、まった! 人の話を…っ!」
 説得の一言が伊多に届かないうちに、身体がぼふんとその場に投げ出された。
 素肌に触れる感触に、そこが毛布保管庫であることは、なんとなく理解できた。
「ここなら誰もいないし、人もそうそう来ないからな」
 まさか、ここでやる気か。
「カギ、カギは!? 人が来ないとは限らないだろ!? 隣もさ、だ、誰かいたら困るから! 確認してくるから!」
 慌てて身体を起こそうとしたが、すでに伊多の肩が視線の上にある。
 暗い中で目が効くぶん、自分の不利な状況は即座に呑み込めた。
「大丈夫だって、足音が聞こえたら、槙ならすぐ分かるだろ? だいたい今から、廊下に出て、人に見つかったらどうすんだよ」
 そう言う伊多の手が、すでにベルトを取り払い、下着まで解かれ、敏感な場所に触れている。
「気付いた時には遅いことだって、あ、やめっ、んん!!」
「ほら、ここを触るとスタンすんだよな。こっちも……イイだろ? あぁ、もう濡れてきたな」
 腰骨をなぞられると、ぞくりと背筋が粟立った。伊多の言葉と微かな水音に、自分の身体の正直さを嫌でも思い知らされる。
「ひっ……や、ぁ、いちいち、いう、な、ぁっ! ふっ……」
 盛れそうな声を必死に堪えると、伊多の口が耳元に寄せられた。
 声とともに、吐息が耳朶を擽る。
「小さい声だし、外には聞こえないって……お、期待してるのか? ここ、ひくついてる……」
「っ!! ふ、ぅ……っ、く……」
 背後に回っていた指が、入り口をやわやわと擽った。緊張と微かな疼きで、自然と身体に力が入る。
 意識しないよう、必死に声を押し殺していると、突如耳元に微かな声が吹きこまれた。
「……で、そっちも手伝ってくれる約束だったよな」
「なっ……どうしろ、てんだよっ」
「スタンさせ……って、それはもう済んでるな。じゃぁ俺が下になるから、上から入れてみようぜ。細かいトコは任せるからさ」
 その言葉に、槙の思考が停止した。
 ……つまり、どういうことだ?
「う、え……? え、な、何言って、っぅわっ」
 伊多が近付いてきた……と思った瞬間、ぐるりと身体が宙を回った。
 見れば先程まで覆いかぶさっていた伊多が、目の下にいる。
 入り口を擽っていたはずの、機関科のごつごつした手が、腰を柔らかく抑えている。
 もう片方の手は見えないが、まだ解してもいない入り口に触れているのは、指の熱さではなかった。
「ほら、支えといてやるから。……あ、濡らさなくて大丈夫か?」
 それを聞いて、槙はようやく自身の現状を理解した。
「まっ……じ、じぶんでいれろって、いうのか!?」
 そんなことを言われても、どうすればいいのか分からない。だいたいそんな恥ずかしいことを、率先してできると思う方がどうかしている。
 しかし伊多はお構いなしに、支えていた手をするりと動かした。
「手放すぞー」
「え、まっ、〜〜〜〜っ!!」
 突然のことに膝がガクンと折れた。
 その瞬間、固かったその場所が、熱い楔を一気に飲み込んだ。
 身体の中を貫かれる衝撃と、刺すような痛みに、一瞬大きくのけぞった身体が、支えを求めて伊多の胸の上へと崩れた。
「……っ、おい、大丈夫かっ、……」
 伊多が身体を起こそうとした瞬間、繋がった箇所がぎちりと締まる。
「ひっ、ぁあ!! ぃっ、たぁ、…や、うごく、なぁっ!!」
 痛い。目尻に熱いものが滲む。
 伊多の掌が腰を辿り、繋がった箇所をそっと撫で、頭の上で申し訳なさそうな声がした。
「あー……ちょっと血が出てるな、悪い」
「んっ、はっ、ぁ……」
 痛みをやり過ごそうと、肩で大きく息をする。
 最初は刺すようだった痛みが、ゆっくりとではあるが薄れ、代わりに身体の奥から快感が呼び起こされていく。
「しょーがないな、今回は下になれ」
 動けない槙を気遣ったのか、再び身体が反転した。
 結合部がきりりと痛みを取り戻す。
「んあっ! や、ぃたぁ……っ」
「ん、でも、こっちは結構……」
 伊多の手が、ゆっくりと前に掛った。
 緩やかな突き上げに合わせて、芯とともに中を擦られる快感が、少しずつ全身を浸食していく。
「っ……ぅ……んっ……!」
「……っ、ここ、そんなに、痛いかっ……?」
 途切れる息の合間に問われ、その腕にすがりながら、槙は微かな声で答えた。
「すこ、し、だけっ、はぁっ、ふあっ、ん……」
 伊多の指が、ゆっくりと後ろへ廻される。痛みの根源を一瞬撫でて、その箇所を確認したらしい。
 そしてその後は、痛みが薄れるよう気遣いながら快感を与えていく伊多の動きに、槙の身体も徐々に快感だけを追い始めていった。