帰ってきたときに見た横顔は、少し疲れてみえた。
 なにかあったのか……そう尋ねようとしたとき、ふと気付いた。
 黒い袖から、チラリと何か白いものが覗いていたのだ。
「……あれ? どうかしたんですか?」
「ん?」
「その、右手首……」
 言われて右手を持ち上げて、指し示されたものに気付き、彼は咄嗟に隠すように腕をかばった。
 指摘してはいけなかったのだろうか。
 一瞬見せた表情に、思わず目をそらす。
 その反応を見て苦笑を漏らし、隠していた手を外しながら手招いて、彼は包帯の一部を少しだけずらして見せた。

 丁寧に巻かれた包帯の下から見えたのは、虫さされのような、独特の赤い痕。

 なんだ、そういうことなら隠さなくてもいいのに。そう思うと、無意識に笑みが浮かんだ。
「あぁ……そっちの話でしたか」
「気付いたら、こんなことされててさ」
 包帯の隙間から、生々しい傷痕が見えた……――気がしたが、きっと目の錯覚だ。
「武勇伝、聞かせてください」
 そう言いながら、ちらりと顔を見上げた。
 その目が何かを追っているのに気付き、首を巡らせて振り返る。
(……あぁ)
 そこに、こういう話には食いつきそうな人物を見つけて、声をかけそうになった。

「……あ、」
 しかし声にならないうちに、口を押さえられた。
 驚いて、口元をふさぐ手に目をやって……そこで、初めて気付く。

 左手首に生々しく残る、四本指の青痣に。

 息をひそめて横顔をやり過ごし、その隣を歩くもう一人をも見送った。
 その姿が完全に視界から消えてから、拘束を解いた人差し指が、しーっと唇にあてられる。
「知られたら、また面倒だろ」
 笑いながらそう言った。両手を広げて、万歳、もしくはホールドアップ。
 その左手首に再び青い痕が見えて、咄嗟に視線を顔にうつした。
 一見した笑顔には、なんの変哲もない。
 無理やり笑って、二人の間にくすくす笑いが交錯する。

 そして、なにも気付かないふりをした。



 手首にくっきり青痣を残すほどの力は、女性では有り得ない。右手首の擦過傷と併せて、なにか穏当ならぬことが起きたのは確実だった。
 しかし隠されているのもまた確実で、だからこそ、知らないふりをしたのだ。